巷ではその頃、中国の通信機器大手ファーウェイに対する米国の規制問題が注目を集めていた。3人の話題は、松本の事業のことから越野の研究領域であるデジタル空間の安全保障にまで及んだ。
それから半年後の20年1月、APIに「松本・佐俣フェロー」という新たな制度が誕生した。松本とANRI代表パートナーの佐俣アンリが2年に1人、若手の研究者を海外のシンクタンクに派遣するプログラムだ。松本と佐俣は、資金提供を通じて研究を支援する。
その第1号に選ばれたのが越野だった。英国際問題戦略研究所(IISS)のリサーチフェローとして、ジャパン・チェア・プログラムの立ち上げや日本の防衛・安全保障政策の分析・発信を担当する。
「米中の戦略的競争が激化するなか、地経学の観点からデジタル経済の安全保障を研究することがますます重要になる。かつ、IISSという世界有数のシンクタンクで、世界的に見ても珍しいジャパン・チェア・プログラムの設立メンバーとして関わることができる。こんなチャンスは逃せない」と、越野は話す。
松本は、ミレニアル世代を代表する起業家の一人。かたや佐俣は同世代で、300億円のファンドを動かすベンチャーキャピタリストだ。その2人がなぜ、若手研究者を支援するのか。
「アンリとは5年くらい前から、エビデンスと正確なデータに基づいた政策提言ができる『政策起業家』を育てる必要があるよね、と話をしていた。僕たちにとって、社会を変える可能性がある人に機会を提供するのは、社会課題を解決する一つの方法なんです」(松本)
営利も非営利も関係ない
フィランソロピーというと、日本では特別なもののように思われる節がある。だが、「僕らの世代から、潮目が明らかに変わってきた」と佐俣は言う。
「寄付への抵抗感がないし、必要ならプロジェクトの起案にも関わる。お金だけで物事を動かすのではないというのが、これまでの世代と大きく違うところです」(佐俣)
実際、新型コロナウイルス感染症対策でもそうだった。5月上旬、富山県は医療従事者を応援しようとクラウドファンディングを使って寄付を募り始めた。異例のプロジェクトは注目を集め、7月初旬時点で1140人から約2900万円の寄付が集まった。そして、このプロジェクトを起案したのが、富山出身の松本だった。
「社会課題の解決に対して自らリーダーシップを発揮することもあれば、いい取り組みをしている団体や個人を支援するケースもある。そこには営利も非営利も関係ない。大事なのは課題解決です」(松本)