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DJ/プロデューサー Qrion

札幌生まれ札幌育ちの高校生が通学中にiPhoneでつくりだした音楽は、インターネット通じて世界中に届き、多くのミュージックラバーの耳に止まった──。

「30 UNDER 30 JAPAN 2020」に選出されたQrionは、サンフランシスコを拠点に活動する94年生まれのDJ。グローバルなダンスミュージックシーンの第一線で活躍する、数少ない日本人のひとりだ。

高校時代から音楽活動をスタートし、22歳で渡米。24歳で世界最高峰のダンスミュージックの祭典「Tomorrowland」出演という快挙も成し遂げた。2020年もほとんどの週末が出演で埋まっており、今年も忙しい年になる……はずだった。新型コロナウイルスの猛威は、音楽の現場を壊滅的に破壊。スケジュールは、文字通り「白紙」になってしまったという。




──まずは音楽家としてのキャリアを教えてください。

はじめは高校に通うバスのなかでiPhoneを使ってひたすら曲を作り、SoundCloudにアップしていたんです。完璧に遊びでしたが、札幌で音楽レーベルを運営している人が見つけてくれて、音楽イベントに通ったりライブをするようになりました。

その後も曲をつくり続けていたら、アメリカ在住の音楽家が見つけてくれて、アメリカのオンラインフェスティバルに出演することができました。それをきっかけに海外の人にも曲を聞いてもらうことが増えていきました。

──音楽家になるなんて、想像していましたか。

ただ楽しくて続けてきただけなので、まったく想像してなかったです。小さい頃からとくにやりたいこともなくて。将来の夢を問われたら、ゲームの「逆転裁判」にハマっていたらから「弁護士になりたい」とか、ネイルが好きだから「ネイリストになりたい」って答えていました。本当になにも考えてなかったんです(笑)。実は、高校卒業してから就職もしています。すぐにやめてしまったけど。

──遊びで曲をつくっていたQrionさんが、なぜ渡米するほど本格的に音楽家を目指したのでしょうか。

父からの遺伝だと思うのですが、これって決めたら他のことが見えなくなっちゃうんです(笑)。惰性で大学進学を考えていた私に「目標もなく大学に行くなら、とりあえず就職してやりたいことを見つけなさい」と言った母の影響もあると思います。海外の人に音楽が聴かれるようになりはじめてから、音楽をもっと突き詰めたら絶対に楽しい!という思い強くなりで、ここまで突き進んでいきました。

文=葛原信太郎 編集=石原龍太郎

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