なぜ「デマ」が絶えないのか。反ワクチン運動と「噂」の研究

ハイジ・ラーソン ロンドン大学衛生・熱帯医学大学院教授


──新型コロナウイルスのワクチン接種が順調に進むには何が必要でしょうか。

常に人々の話を聞き、対話を続けながら信頼を築くことです。10年以上前なら予防接種キャンペーンをやって、人々に情報を一方的に伝えて終わり、とすることができました。でもいまは継続的な傾聴、対話が必要です。とても骨が折れる仕事ですが、刻一刻と情報や環境が変わるなかで、人々の感情の変化に注意を払いながら対話を続けて信頼を得ていくしかありません。

信頼の構築には時間がかかります。ワクチンの拒否が起きるのを待っていてはいけません。まだ新型コロナワクチンはできていませんが、今こそ信頼を築くための対話を始める時です。ワクチンができてからでは遅いのです。

──人々のワクチンに対する意識を変えることができた、いい例はありますか?

デンマークのHPVワクチンの接種キャンペーンの例があります。デンマークでは、HPVワクチンに対して懸念が増え、接種後に日本と同じような症状を訴える子も出ました。科学的な調査結果ではワクチンに問題はないとなりましたが、みんなが納得してはいませんでした。そこでワクチン接種の対象年齢の少女たちが参加するSNS上の予防接種キャンペーンを行いました。彼女たちにインフルエンサーの役割をしてもらうのです。とても賢いやり方で、このような取り組みが増えて欲しいと思います。

──ワクチン接種の選択には科学だけでなく政治的意見が影響しています。ポピュリストの支持者はワクチン反対派が多いとの調査結果がありますが、なぜでしょうか。

そもそも人々はなぜポピュリズムに同調するのでしょうか。ポピュリストの指導者たちが「私はあなたのことを聞いていますよ」「あなたの声が重要です」と話しかけるからです。反ワクチングループも同じです。「ポピュリスト=反ワクチン」ではなくて、彼らのアプローチが共鳴しているのでしょう。

ワクチンのデマを信じるのは馬鹿だ、無知だと決めつけてワクチン反対論を無視するのは簡単です。しかし、みんなの健康を守るには人々の協力が不可欠です。科学者はいま以上に人々に歩み寄り、お互いを理解する機会が必要です。

米オハイオ州の10代の少年、イーサン・リンデンバーガーは、反ワクチンの母親がいましたが、SNSで相談して自ら接種を選びました。若い彼らの存在が希望です。社会はデジタル化で分断され、二極化が進んでいます。医療も新しいツールを使いながら人々との関わり方を進化させるときです。
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文=成相通子 イラストレーション=山崎正夫

この記事は 「Forbes JAPAN No.076 2020年12月号(2020/10/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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