なぜ「デマ」が絶えないのか。反ワクチン運動と「噂」の研究

ハイジ・ラーソン ロンドン大学衛生・熱帯医学大学院教授


──ワクチンにまつわる誤った情報や噂は、まったく根拠がないものも多いです。なぜそのような噂を監視する必要があるのでしょうか。

噂というのは「不完全な情報の欠片」です。まだ確認はされていませんが、すべてが嘘でもないのです。WHOは1997年に噂を監視するネットワークを作りました。人々の噂の情報を使って、感染症の流行をいち早く発見するためです。新型コロナウイルスも中国のSNS上でいち早く噂が流れていましたが、真実も含まれていました。噂から真実がわかることもあります。

子宮頸がんを予防するHPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチンは、日本では2013年に定期接種が始まりましたが、接種後に痛みや力が入らないなどの症状を訴える少女が相次ぎ、接種の積極的勧奨が中止されました。調査の結果、ワクチンと接種後に訴えがあった症状の因果関係はないとされていますが、積極的勧奨はいまも中止されています。

症状を訴えた少女たちの話は嘘だった、ということではありません。それがワクチンの影響か否かは別として、少女たちは実際にその症状を体験して訴えたのでしょう。医療従事者や科学者はまず、そのような訴えや不安の声に向き合い、共感することが大切です。無視されていると感じると、不信感が高まり、ワクチン接種拒否の動きが広まるでしょう。

日本政府がHPVワクチンの積極的勧奨を中止したことは、世界のHPVワクチン反対派の人たちの間でよく引用されています。日本を指して「ほら見てごらん。日本政府はHPVワクチンを推奨していないでしょ」と。日本が中止したことは自分たちの疑念や懸念の裏付けていると考えているのです。これは大問題です。

──科学的な証拠や事実があっても人々が信じられないのはなぜでしょうか。

人々は科学的根拠だけで行動を決めません。感情や、社会、政治、宗教、歴史、文化など、さまざまなことが行動に影響しています。

どんなに科学的事実はこうだと説明されても、身近な人や自分たちの経験や習慣のほうが重要だったり、意味があると感じたりしています。自分たちの疑問や心配なことに科学が答えてくれていない、自分たちの声や自己決定権が無視されていると感じる人達もいます。

──一方で、ワクチン反対派はワクチン推進派よりも人々の感情にうまく寄り添って、支持を得ているようです。

彼らは、心配や懸念を訴える人の言葉に耳を傾け、うまく反応しています。反対派の人たちは、安全性や効果に疑念を持つ人たちに対して、「そう、あなたの言う通り。安全ではないのです」と答える。

ワクチンを受けない方が自然なんじゃないかとか、ワクチンがDNAに作用するんじゃないか、とかさまざまな考えを持っている人たちに対して、科学者や医療従事者が「大丈夫。安心して接種してください」と言うだけでは足りません。同じメッセージを伝えるだけではだめなんです。もっと一人ひとりにパーソナライズした対応が必要です。

例えば、ワクチンが自然に反することだと思っている人には、実はワクチンはあなたの「自然な」免疫力を高めるものなんですよ、と説明することもできます。科学的事実はこうですよ、と言うだけでなく、「私の場合は違う」「私のこの考えはどうなんだろう?」と疑問を持っている一人ひとりの懸念や疑念に答えてあげることが重要です。
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文=成相通子 イラストレーション=山崎正夫

この記事は 「Forbes JAPAN No.076 2020年12月号(2020/10/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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