人類未踏、「mRNAワクチン」という賭け
ファイザーの動きで何よりも目立つのは、バイオンテック(BioNTech)との協業だ。ドイツのマインツに拠点を置くこの会社は、主としてガン治療薬の製造で知られ、19年の売り上げは1億2000万ドルほど。ただ問題は、両社が共同開発する新型コロナワクチンは、mRNA(メッセンジャーRNA)を利用するものであり、この技術を使ってワクチン開発に成功した例はいまのところないということだ。
ファイザーは10月までに、ワクチンの緊急使用許可を米国政府から得ることを目標としている。安全な免疫反応を促すと考えられる4種の異なるmRNAワクチンの開発を並行して行い、ウイルスに抵抗する抗体を十分につくり出せないとデータで示されたワクチンは、直ちにテストを中止する。彼らの戦略はいわば「飛びながら機体を整備する」ようなものだ。
どのように2社の協業は始まったのか。
今年1月、バイオンテックの創業者で免疫学者でもあるウグル・サヒンは、医学誌ランセットで新型コロナの記事を読んだ。mRNA技術を用いて、人体の細胞をハックすることでガンなどの治療を目指す──そのためにバイオンテックを立ち上げたサヒンは、新型コロナウイルスにも同じ技術が使えるかもしれないと考えた。
2月、サヒンはファイザーのワクチン研究開発部門を率いるキャスリン・ジャンセンに電話を入れた。そして「新型コロナワクチンの候補を見つけたが、ファイザーはバイオンテックとの協業に関心はあるか」と尋ねた。「関心があるかですって?」と、ジャンセンは答えた。「もちろん関心ありますとも」。
バイオンテックのウグル・サヒン共同創業者兼CEO。トルコ生まれ。同じく免疫学者である妻らと08年にドイツで同社を設立
ここ数年、科学者たちは、細胞にタンパク質の合成を指示する働きを持つmRNAを利用した薬剤の開発に夢中になってきた。人体の細胞自体を薬品工場に変えることによって、ガンや心臓病、ウイルスなどに対抗しようというのである。サヒンのような研究者たちは、ワクチンとしてmRNAを投与することで、ウイルスに対抗する抗体をつくりだすタンパク質を体内で合成させるというアイデアを追求してきた。