トランプ大統領はルールや司会者の制止を無視して不規則発言を繰り返し、バイデン前副大統領を「党内の社会主義者の言いなり」と批判。バイデンが「あなたは嘘つきだ」と非難すると「嘘つきはそっちだ」とやり返す。
日本の中継では同時通訳が入っているため、トランプ、バイデン、司会者の発言にそれぞれの通訳者の発話が重なって、6人の音声が同時に聞こえるという異様な状況が何度かあった。
全世界がその動向を注目している国家の大統領候補者による「大人の喧嘩」。人ごとながら、やるならもっとスマートにやっていただきたい……そう感じた人も多かったのではないだろうか。
「子供のけんか」が発端ではあるけれど
さて今回取り上げる『おとなのけんか』(ロマン・ポランスキー監督、2011)は、二組の夫婦の諍いをブラックユーモアたっぷりに描いた室内劇。第68回ヴェネチア国際映画祭で金若獅子賞を獲得している。
タイトルロールと共に映し出されるのはニューヨーク、ブルックリンの公園で遊ぶ子供たちの遠景。まもなく2人の少年の間で喧嘩が始まり、1人が手に持っていた木の棒でもう1人の顔を打つ。
相手の歯を折る怪我を負わせた加害者の親は、製薬会社の顧問弁護士であるアラン(クリストフ・ヴァルツ)と投資ブローカーのナンシー(ケイト・ウィンスレット)。被害者の親は、金物商店を営むマイケル(ジョン・C・ライリー)と作家のペネロピ(ジョディ・フォスター)。
ドラマは、マイケル・ペネロピ夫妻のリビングで進行する。モダンな家具の間にアフリカの彫刻や民族的な布が飾られ、ローテーブルの上にはたくさんのチューリップが活けられ、現代アートの画集が置かれている、センスと知性と温かみのブレンドされた室内。ここが、いてもたってもいられない地獄のような空間と化すとは誰も想像していない。
『おとなのけんか』(c)2011 SBS Productions, Constantin Film Produktion, SPI Film Studio, Versatil Cinema, S.L., Zanagar Films and France 2 Cinema. All Rights Reserved.
だが嵐の予感は、すでに冒頭のペネロピとアランのやりとりに現れている。事を穏便に収めるための供述書を作成するペネロピの「(加害者少年が)棒で武装した」という表現に、「武装?」とつっこみを入れるアラン。確かに11歳の少年に「武装」という言葉はあまり相応しくないだろう。
このシーンは単に、被害者の親と加害者の親という立場からくる心情の違いだけでなく、問題を追求したい正義派タイプのペネロピと、感情を排しようとする実務派タイプのアランという、2人の生き方や信念の違いを見事に表している。
そしてこのズレは、物語の進行にしたがってどんどん大きくなり、修復しがたい決裂となっていくのだ。