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父がコンサルタントをしていた関係でクレジットカードの決済処理には詳しかったので、ヘザーの店の決済代行契約を条件のいいものに変える手伝いをした。その話がヘザーの口から広まり、決済業務で助けを必要としていた小企業の経営者と次々につながりができた。

私の目には、自営業者や小企業経営者がヒーローに映る。彼らは全力を尽くし、苦労を惜しまず、リスクを取り、部下より家に帰らない人もいる。雇用を創出するだけでなく、素晴らしい経験も生み出している。わが社が本拠地を置くシアトルのような土地だと、それが実感できる。

──そうした良い話には冒険の旅のような紆余曲折が付き物です。あなたの成功物語も壁にぶつかったり行き詰まったりしたことがありますか?

2008年に金融危機が起きるまでは、会社は大きな利益こそ出していなかったが、みんなで大いに楽しみながら順調に成長していた。気に入った自営業者と手を結び、彼らに力を貸し、役に立っていたからだ。大金を稼げなくても、とてもうまくやっていたし、充実した時を過ごせた。

ところが金融危機が起こると、利益どころか多額の損失が出るようになった。倒産までの猶予は7カ月。まさに瀬戸際だった。

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Getty Images

それを乗り切るために私個人がまずやったのは、失敗も人生の一部であることを認め、ベストを尽くすしかないと思い直すことだった。必ずしも自分の力だけで結果を出せるわけではない。たとえ会社がつぶれても、それが誠実に行動した結果であるなら、必ず意味がある。社員はこの経験からビジネスに関する貴重な教訓を得て、将来大きな影響力を発揮できるようになるはずだから。

失敗は覚悟のうえでも、それが現実にならないよう日々努力した。できるだけ収益を確保しようと、勤務時間後もレストランに飛び込み営業をした。それも私一人ではなく、チーム全員が力を結集した。そうした成長の糧になる仕事にみんなで前向きに取り組んだ。「契約料の値上げ、社員の解雇、減給はしないで、この苦境から会社を立て直そう」と言い合ったものだ。その3つは、その頃、競争相手が利益確保のために躍起になってやっていたことだった。

われわれがそれをやらないのは、そんな行動をとれば会社が根本的に変質してしまうからだ。誠実さを捨ててまで生き残りに懸けることはない、というのがわれわれの共通認識だった。

ありがたいことに、4、5カ月後には事業を継続できる水準に戻れた。大儲けは望めないが大損もせず、生き延びることができるくらいに。4、5カ月というと短いようだが、当時の私たちには10年にも感じられた。

──その後はどうなりましたか?

自営業者や小企業の役に立つ企業になることで、利益も伸びていった。増えた利益は再投資し、さらに顧客の役に立つことだけを目指した。

だがそのうち、リーダーにはもう一つ別の責任があることに気づいた。日々ともに働き、身を粉にして顧客を助けようとしている仲間の役にも立たなければならない。そこで、7万ドルの最低給与保障を導入することにした。グラビティ・ペイメンツの全従業員が、常識的なお金の知識を持ち、物欲を抑制すれば、あくせくせずに生活必需品をまかない、普通の暮らしを送れるようにするためだ。

翻訳・編集=門脇弘典/S.K.Y.パブリッシング/石井節子

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