小出君は、両親に西山さんの幼少期の成育状況や、学齢期に入ってからのことを細かく聴き取り、アルバムや通知表を念入りに調べた。
「通知表の担任の評価欄に何度も『やさしい』『思いやりがある』と出てくる。小中学校の担任はよく見ている。基本的にはそれが彼女の性格。あと、中学校の友だちと一緒の写真で、1人だけカメラと別の方を向いている写真が目につく。注意力が散漫になりやすいADHDの傾向が表れていると思う」
続いて、娘ならこう答える、との想定で母・令子さんに心理検査を受けてもらった。
Q.うっかりミスをすることは?
A.はい。よくあります。
Q.集中し続けることができない?
A.はい。そうです。
Q.話しかけたときに聞いてないように見えることは?
A.そういうときも。半々ですね。
Q.義務をやりとげられず、他のことに気が移ってしまうことは?
A.あると思います。
Q.段取りがよくないとか、整理できないとかは?
A.あります。
Q.なくしものをしてしまう。
A.それはあります。私も一緒ですが、そこは似ています。
そんな質疑が続き、米国精神医学会の診断基準DSM5に準拠する基準で判定したところ「ADHDでも特に注意欠如症の可能性が高い」との結果が出た。小出君による総合的な分析では「精神医学的には軽度知的障害を伴うADHDと愛着障害が併存していると思われる」となった。
警察と検察が描いた人物像との食い違い
事件と障害との関連性は以下の分析になった。
【1】 机をたたいて脅した刑事の高圧的な取り調べで「アラームが鳴った」とうそを言わされた
→「恐怖」に屈しやすいADHDの傾向が表れた
【2】「アラームが鳴った」といううそを一定期間維持した
→愛着障害が刑事への思慕へと転化し、刑事に迎合した
【3】「私が呼吸器の管を抜いた」といううその自白
→ADHDの「状況に迎合する」特性と、知的障害による「事態の重大性が認識できない」ことが複合、不安神経症も重なり〝うつ状態〟になって発した言葉
【4】逮捕後、刑事に誘導されて供述が変遷
→ADHDによる迎合性、愛着障害(刑事への思慕)、知的障害(重大性が認識できない)が複合した
「病院への腹いせに無抵抗の患者を殺害した」という警察と検察が描き、裁判所が認定した凶悪な人格とはまったく別の人物像が、浮かび上がってきた。
後は、実際に獄中での鑑定が認められるかどうか。この日の結果は弁護団と協力して刑務所を説得し、許可を得る上で欠かせない重要なステップだったが、その許諾の行方が西山さんの自殺未遂と深くかかわっていようとは、この時は予想もしていなかった。
連載:#供述弱者を知る
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