経済・社会

2020.10.18 12:30

思いやりがあってやさしい。司法で描かれた「凶悪犯」とは異なる本人像|#供述弱者を知る

井戸弁護士は「書面に本人の意思が明示されていれば、取り下げは認められるでしょうね。もしあの時点で高裁に届いていれば、あとは指印が本人のもので間違いないかどうかを確認するだけでしょうから」と振り返る。

封書はなぜ発送されなかったのか。西山さんはこう明かす。

「裁判所宛てに手紙を出す場合は、願箋という特別な便箋で申請すると、月間4通の枠とは別に出せるので、まずは願箋に大阪高裁に再審関係の書類を送ると書いて担当の女性刑務官に渡したんです。その報告が統括のXさんにも届いていたと思います」

再審を続ければ「家族はバラバラになってしまう」


懲罰房に入る前、大阪高裁宛ての手紙を女性刑務官に預けると、すぐにX刑務官が聞いてきた。

「再審を止めるというのは、大変なことだよ。この手紙を出すことは、弁護士さんにちゃんと相談してるのかな?」

西山さんは正直に答えた。

「手紙のことは伝えていません。でも、再審を止めたい、とは言ってます。これ以上、再審を続ければ、家族はバラバラになってしまうし、私も精神的に耐えられない。だから、もう止めようと思っています」

西山さんの声にじっと耳を傾けていたX刑務官は、諭すように言った。

「でもね、西山さんが勝手に止めたら、応援してくれた人たちはどう思うだろうか。突然知らされて、みんなびっくりするし、がっかりするんじゃないかな。両親だって残念に思うはず。ずっと西山さんを支えてきたんだから。とりあえず、この手紙はこちらで預かっておくから、懲罰が終わったら、もう一度ゆっくり話すことにしましょう」

西山さんは親身になってくれるX刑務官の言葉を素直に受け入れた。

3週間の懲罰が明けた時、再びX刑務官が再審取り下げ書について聞いた。

「もう一度よく考えて、弁護士さんに相談してからの方がいいんじゃないのかな」

その助言を西山さんが受け入れ、取り下げ書が大阪高裁に発送されることなかった。そして、この件は西山さんが弁護団と一切相談しなかったため、出所するまで家族、弁護団、支援者の誰一人知らないままだった。

まずは西山家で進めた「獄中鑑定」の準備


再審が一時、風前のともしびになっているとはつゆ知らず、私たちは獄中鑑定に向けて準備を着々と進めていた。

2017年2月26日、かつての同僚で精神科医になった小出将則医師(59)と私、そして角雄記記者(38)は、滋賀県彦根市の西山家にいた。

小出君は、西山さんが両親に送った手紙のほぼ全てに目を通し、事件の経過も把握。西山家の訪問前、小出君は私にメールで「軽度知的障害を伴う注意欠如症、愛着障害が併存、というのが現時点での見立て。上っ面だけ見ると、パーソナリティー障害と誤診される可能性がある」との分析を伝えてきていた。

午後1時、西山家に着くと、父・輝男さんと母・令子さんが、アルバム、小中学校の通知表、文集の作文、絵画作品などをそろえて待ってくれていた。
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文=秦融

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