もちろん、北朝鮮で、サムズアップを知っている人などまずいない。お隣の韓国でも、今時はやっている指ポーズといえば、親指と人さし指をクロスして作る小さなハートマーク(愛情や親近感を示すポーズ)くらいだ。正恩氏がサムズアップを繰り返しても、兵士たちは相変わらず、熱狂して手を振り歓呼の声を上げ続けていたし、正恩氏のポーズを慌てて制止する人もいなかった。
北朝鮮は最近、国際社会による制裁や新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための国境封鎖、大規模な風水害といった「三重苦」にあえいでいる。民心が離れることを恐れ、北朝鮮当局による思想統制は厳しくなる一方だという。欧米や韓国の映画やドラマの真似をする市民を次々と取り締まっているという未確認情報もある。
そんななか、取り締まる側の最高責任者が自分から欧米文化の真似をしていたことになる。もちろん、正恩氏は8月、水害の被災地を訪れた際、トヨタ自動車の高級車ブランド「レクサス」を運転していた。愛用している腕時計のひとつはスイス製のモバードだ。北朝鮮の一般市民たちもかなり前から、金正恩氏に幻想など抱いていないだろう。しかし、米国の侵略から祖国を守り抜くと誓っている兵士たちに、トランプ大統領と同じポーズで応えるというのはブラックジョークだろう。
12日に放映されたサムズアップの場面は、録画放送だったから、北朝鮮は当然、事前検閲し、「まずい場面」はすべてカットしていたはずだ。レクサスもそうだが、北朝鮮の当局自身、情報管理が行き届かず、こうした細かいミスを繰り返している。北朝鮮も労働党ができてから75年。創業の苦しみを知っている世代はとうの昔にこの世を去り、今、党の屋台骨を背負っているのは、第2世代の生き残りと、苦労を知らないお気楽な第3世代という有り様だ。
日米などでは、北朝鮮が10日に行った「真夜中の軍事パレード」や、その際に登場した新型の大陸間弾道弾(ICBM)、潜水艦発射型ミサイル(SLBM)についての分析を巡って侃々諤々の議論が続いている。だが、その正体は案外、欧米社会にあこがれた正恩氏とその取り巻き連中による自己顕示欲の発露といったお粗末なものだったのかもしれない。
過去記事はこちら>>