X刑務官から諭され、西山さんは「はい」と素直に答えることができたという。
「話を聞いてくれたからやと思うんです。私の場合は誰かに自分の気持ちを聞いてもらうことで落ち着くんです。ただ頭ごなしに叱られるだけだったら、ますますイライラするけど」
両親に感謝してもしきれないことは、よく分かっていた。親に感謝するように、との言葉は他の刑務官らにも「しょっちゅう言われていた」と言う。日々顔を合わせていた女性刑務官は、何度もこう言ったそうだ。
「こんなにも本をいっぱい差し入れてくれる両親、他には誰もいない。あなただけ。毎月、自分の好きな本を手紙に書いているようだけど、それをわざわざ書店で探して買ってきてくれるなんて、感謝せなあかんよ」
冤罪で入れられた刑務所での日々を振り返る西山美香さん=Christian Tartarello撮影
弁護人から届いた手紙 「懲罰房」に入ったが……
刑務所内でX刑務官が西山さんの気持ちを静めているころ、獄中から自暴自棄になった西山さんの手紙を受け取った井戸弁護士も、重大な事態が差し迫っているとみて、すぐに動いていた。
手紙を受け取ってすぐに西山家に行って輝男さんに直談判し「いくらなんでも『措置入院』は言い過ぎ。美香さんに言ったことは撤回し、二度と言わないと約束してくれますね」と念を押した。その上で、励ましの手紙を速達で刑務所の西山さんに送っている。「措置入院なんて絶対にさせませんから、安心してください」。手紙は西山さんが「懲罰房」に入るころに届いた。
西山さんは振り返る。
「お父さんは、身元引受人にならない、出所しても家に入れない、と面会で言ったんです。井戸先生はそのたびに『心配しなくても、身元引受人にはぼくがなるし、うちに泊まればいい。部屋も余っているから大丈夫』とまで言ってくれたんです。そこまで親身になってくれる弁護人は他にいません。手紙をもらって安心しました」
懲罰審査会で正式に3週間の懲罰が確定し、西山さんは「懲罰房」に入ることになった。閉ざされた空間で誰とも会話せず、ただ1人、じっと座っているのは、ADHD (注意欠如多動症) の西山さんには苦痛なことだが「手紙のお陰でかなり心が落ち着いた」という。
だが、懲罰房に入る前に西山さんが出した1通の手紙が、刑務所内で大きな問題になっていた。手紙は、大阪高裁に宛てた「再審請求審の取り下げ書」だった。
自死の危機は脱したが、その一方で再審取り下げの手続きを進めていたのである。父との衝突から「再審請求を続けることが家族を引き裂き、結局は自分を苦しめる」と悟り、自分で下した結論だった。
手書きの取り下げ書は、切手を貼った大阪高裁宛の封書とともに、刑務官に預けられ、和歌山刑務所からの発送を待つばかりになっていた。
そのまま、他の受刑者の郵便物とともに発送の手続きに入ってしまえば、獄中鑑定に向けた取材班と弁護団の計画も、再審そのものも、水の泡となってしまう。
西山さんによれば、すべてを「一巻の終わり」にしてしまう手紙の発送を未然に止めたのは、あのX刑務官だった。
連載:#供述弱者を知る
過去記事はこちら>>