西山さんの記憶を元に、当時、刑務所内で起きたことを再現したい。
懲罰房送りになると、窓のない畳部屋で終日座ったまま、何日も過ごすことになる。その前に聞き取り調査があり、刑務所幹部らによる懲罰審査会を経て房内で「座る」期間が決まる。
この時、西山さんの調査を担当した刑務官は「統括」という立場で4、50代の落ち着いた男性のX刑務官だった。
「西山さん、なぜこんなことをしたの?」
傍らに女性刑務官を伴ったX刑務官は穏やかな口調だった。入所当初は「64番」と番号で呼ばれていたが、その頃はルールが変わり「西山さん」と名前で呼ばれるようになっていた。西山さんはありのまま打ち明けた。
「お父さんとけんかして、もうしんどくてたまりません。信頼している弁護士さんを解任すると言われ、それなら、このまま死んだ方がましだ、と思ったんです」
「自分のことも大事にせな」
X刑務官は、諭すように話し続けた。
「ご両親は、毎月面会に来てくれてるよね。死んでしまったらどうなる? ご両親はものすごく悲しむよ。ここまで頑張ってくれているお父さんの気持ちになって、考えてあげないと」
西山さんが自暴自棄になり再び自死を試みるようなことになれば、刑務所側も管理責任を問われる。だが、刑務官としての立場で言っているだけではなく、本心から心配してくれていることが伝わってきたという。
「普段、刑務官が受刑者にあんな優しい言葉をかけてくれることはない。親身に話してくれた。私も思わず素直になって聞いていたと思います。5分や10分ではなかったと思う。30分近かったような気がする」
西山さんも次第に心が落ち着いてきたという。
「自分のことも大事にせな。そんなんで、刑務所の外に出たときにどうするの? 外に出てからの人生の方が長いんだから」
X刑務官は、西山さんが両親に差し入れてもらったばかりの本がすぐ脇にあることに気づき、親の思いをこんこんと説いた。
「この本もお父さん、お母さんが買ってくれて、差し入れてくれたんだよ。だから、西山さんは、この本は、どんなにいらいらしても投げなかったじゃないか。シャンプーはドアに投げたけど。お父さんとお母さんの気持ちを大事にしないといけないことを、自分でも分かっているはず。それなら、お父さんとの関係も、もっと大事にせなあかんやん」
X刑務官の話は、両親が毎月面会に来てくれていることにも及んだ。
「面会だって、わずか30分しか時間がないけど、その30分のためだけに、遠いところを時間をかけて来てくれている。それをわかってあげな。お母さんは散髪をお父さんにやってもらっているんやろ? 自分のためにお金を使わず、その分を娘のために、あれやこれやと差し入れしてくれている。そういうことも考えなあかんのと違うのかな」