製造現場での感動を伝えるために
この梅体験専門店を立ち上げた理由を、「蝶矢」の生みの親でもある菅健太郎氏は、次のように語る。
「実は、私たちには、梅酒の製造方法に対するこだわりやストーリーが、生活者や営業の現場にあまり届いていないという課題がありました」
チョーヤでは、酸味料、香料などの人工添加物は一切使用せずに、梅・砂糖・酒のみで梅酒を製造している。農家の人たちとともに生産にも関わり、品質の高い梅のみを厳選して使っているのだ。
チョーヤの梅酒に梅の実が入っている商品があることは皆さんもご存知だろう。一般的には梅の実を入れると不良率は高くなるが、梅の品質にこだわっているからこそ、チョーヤではそれが実現できているという。毎年6月になると、大量の梅の実が工場に届き、1カ月間で1年分の梅酒の原液を仕込むのだそうだ。菅氏は続ける。
「その場に初めて立ち会った時、梅の大きさや桃のような芳しい香りがしたことに感動を覚えました。営業の時は、製造のこだわりではなく、利益率や広告出稿量などが話題の中心だったのですが、製造工場で覚えたこの感動を、直接、生活者に伝えたいと思うようになったんです」
梅農家を見学する菅氏(左)。チョーヤでは、生産現場にも関わるこだわりを持つ
このとき菅氏は製造部で伊賀上野工場にいたが、その想いから、すぐに事業計画書を練り、新規事業として社長に提案したという。
事業化するにあたって、ブランディングや広告宣伝ではなく「経営として事業が成り立つこと」を条件に、企画運営はすべて菅氏に一任された。最初から体験専門店と決めていたわけではなく、クラフト梅酒レストランなどさまざまな企画案を検討していたという。
菅氏は、時間を見つけては新たなアイデアを求めて社外の勉強会にも積極的に参加し、事業の検討を進めていった。そうして、農家の人たちと一緒につくりあげてきたチョーヤの強みや歴史をそのまま表現し伝える形にしたいという思いから、「体験専門店」にたどり着いたという。
京都の雑貨屋さんの隅を借りてプロトタイプ店舗をつくり、ニーズの検証や価格設定を繰り返しながら、2018年に京都店をオープン。すぐに反響を呼び、2号店を鎌倉でオープンするまでに至った。
店名は、チョーヤの原点を伝えるため、あえて昔使っていた漢字の「蝶矢」を屋号に付けて復活させた。また、日本の梅文化の原点を伝えたいという思いから、日本文化が根付いている京都と鎌倉という出店場所にもこだわった。
梅体験の予約が常に満席であることが示す通り、現在、事業としても成功と呼べる成果を出すことができた。いまでは、社長や同僚、取引先の人たちまでわざわざ体験しにきてくれるという。
これまでのチョーヤのブランドイメージを、「蝶矢」の梅体験が一新させていることは間違いない。そして、菅氏が生産現場で心を動かれさた魅力が、多くの人に伝えられていくだろう。
鎌倉店の庭には創業者・金銅住太郎の庭から移植した梅の木が植えられている
連載:「遊び」で変わる地域とくらし
過去記事はこちら>>