スポーツ文学 ─ フィクションとノンフィクションの境界線 ─

山際淳司『江夏の21球』を所収するKADOKAWA/角川文庫『スローカーブを、もう一球』. 1985


スポーツ・ノンフィクション


ノンフィクションを見ていこう。ノンフィクションの概念は幅広い。それは雑誌記事から映像までさまざまなメディアにおいて表現され、史実にもとづいている内容であるのが原則だが、フィクション以外の作品を指すのが一般的である。

ここで紹介する山際淳司『江夏の21球』は「Sports Graphic Number」創刊号(1980.4)に掲載され、その後、角川書店から出た書籍『スローカーブを、もう一球』に収録された。この1作品で山際はノンフィクション作家として広く認められるようになった。

・山際淳司『江夏の21球』より抜粋

「1979年11月4日、日本シリーズ第7戦・近鉄バファローズvs広島カープ、9回裏1アウト満塁、3対4で広島リード。

広島カープのピッチャー江夏はスクイズを警戒していた。

「江夏は、いつものように投球動作に入った。江夏のピッチング・フォームには1つだけ、クセがある。それがこの場の結果を左右するとは、江夏自身も思ってはいない。

<おれは投球モーションに入って振りあげるときに、一塁側に首を振り、それから腕を振りおろす直前にバッターを見るクセがついている。(中略)石渡を見たとき、バットがスッと動いた。来た! そういう感じ。時間にすれば百分の一秒のことかもしれん。(中略)握りかえられない。カーブの握りのまま外した>

あそこからスクイズを外してくるなんて、しかも変化球で外してくるなんて……ありえない」
(「山際淳司『江夏の21球』を所収するKADOKAWA/角川文庫『スローカーブを、もう一球』. 1985」より引用)

9回の裏、江夏が21球で相手チームを仕留めるシーンを描いているのだが、著者は、江夏本人やバッター、関係者などをインタビューするとともに、1球1球を分析し、江夏とバッターの心の動きと、それが実際の動作にどのように影響するかを克明に記している。とくにスクイズを外す19球目の描写(上記)は細かく、圧巻だ。
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文=大野益弘(日本オリンピック・アカデミー理事、日本スポーツ芸術協会理事)

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