経営者の手腕で日本スポーツ界に寄与してきた半世紀|堤 義明(後編)


──今ではプロ野球では一般的になりましたが、選手が移動の時にスーツを着るというのも西武ライオンズが始めたことでしたし、ライオンズの公式マスコット「レオ」のピンバッジを選手がみんな胸に付けるというのも画期的なことでした。そうしたこともすべて「一致団結」を意味していたんですね。

最初にライオンズの選手たちを見た時に、あまりにもバラバラだったんですね。例えば、高校野球とかアマチュアの選手はきちんと整列したり、そろえるのが当たり前ですよね。ところが、プロはそうではなかったんです。それで、服装などをそろえたらチームに団結力が生まれるのではないかと思いまして、それで始めたことでした。

──他球団も西武ライオンズに追随していって、今ではどこの球団もやるようになりました。また、チームづくりにおいても、前年に最下位だったクラウンの監督である根本陸夫さん(元プロ野球選手。引退後、コーチ、監督、ゼネラルマネジャー〈GM〉を歴任。特にGMとしての手腕に優れ、西武ライオンズやダイエーホークス〈現・福岡ダイエーホークス〉の黄金時代を築いた)に権限を持たせ、3年目の1981年に広岡達朗さん(巨人の遊撃手として活躍し、現役引退後は監督としてヤクルトスワローズ〈現・東京ヤクルトスワローズ〉、西武を日本一に導いたプロ野球界屈指の名将)を監督に抜擢したというのも、さすがでした。

根本さんは監督としての能力はとても高いとは言えませんでした(笑) クラウン、西武の監督を務めた3シーズンの成績は、リーグ5位、6位(最下位)、4位でしたからね。しかし、有望新人選手の獲得などチーム編成やフロント業務のGMとしての能力は非常に高いと思っていましたから、正解でしたね。広岡さんを監督にした背景には、実は川上哲治さん(戦時中から戦後にわたって巨人で強打者として活躍。引退後、コーチを経て1961年に巨人の監督に就任。14年間で日本一11回を誇り、特に1965年から1973年までの日本シリーズ9連覇達成は「巨人V9時代」として今も語り草となっている)からの助言がありました。

周囲には絶対に気づかれないように、あるテレビ局の応接室をお借りしまして、川上さんにお会いしまして「あなたの思想を最も受け継いでいる人を紹介してもらえませんか」と言ったところ、広岡さんの名前が出てきたわけです。おかげで球団創設4年目、広岡さんが監督就任1年目の1982年にはリーグ優勝、日本一を達成しました。あんなに早く優勝できたのは99%、広岡さんの力でした。


根本陸夫氏
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聞き手=佐野慎輔 文=斉藤寿子 写真=フォート・キシモト 取材日=2020年1月31日

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