これからの理想を考えるうえで必要なキーワード、「巡る経済」


循環型へのシフトが経済界に一気に波及しているのは、金融セクター、機関投資家による持続可能性を重視する動きが要因だ。世界最大の資産運用機関のブラックロックは19年10月、「サーキュラー・エコノミーファンド」を設立。そのほか、年金基金を中心に、機関投資家がESG(環境・社会・企業統治)投資へのシフトを加速させている。

米バンク・オブ・アメリカは、コロナ禍を通じてESGのなかで「S=社会」が最も注目されるようになったと指摘する。さらに、コロナ禍により株価が乱高下するなか、ESG投資のインデックスファンドは市場平均を超えたパフォーマンスを出し、長期的な価値創造する企業へお金が動く波は起きている。
 
こうした金融市場の動きは、環境や社会問題の解決につながる投資である「インパクト投資」にも向かっている。米コールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)は20年2月にインパクト投資ファンドを組成。他の大手投資ファンドも同様の動きをしている。インパクト投資市場は急拡大し、19年に前年比4割増の7150億ドル(約77兆円)規模となった。社会インパクトを生み出す事業への長期的投資市場が、投資ポートフォリオの選択肢になった。
 
こうした投資家側の動きは、大企業やスタートアップを長期目線に向かわせるドライバーになる。米電気自動車(EV)メーカーのテスラの時価総額がトヨタ自動車を超え、自動車業界で世界首位となった事象もその動きの一例だろう。筆者がビジョンデザインを手伝う大企業は、株主からの要請で長期ビジョンを策定する動きが高まっている。

環境問題のみならず、社会問題を解決することを目的とし、会社のケイパビリティの再定義と経済とESGを繋げるストーリー作りが必要とされている。アディダスによる100%リサイクル可能なランニングシューズの開発や、グリーン・ジェーン・テクノロジーによる麻で作るワインボトルなど、バリューチェーンの変革は、事業の社会的な意義を見直し、語り直す例と言える。
 
政府、投資家、企業などのトップダウンによる産業構造のシフトがつながりはじめる一方、この輪をつなげるための最後のミッシングリンクは、生活者個人の意識や行動の変容だ。それは、生活者の価値観や認知を変革するためのサービス、事業、組織がこれからの中心的存在になることを意味する。米エバーレーン、米オールバーズといった、消費者直販型のD2C企業が支持を集めているのは、生活者側の意識を変えて市場を作り出す営みだからだと言える。

米デザインファームIDEOのティム・ブラウンは、著書『デザイン思考が世界を変える』改訂版で、新たなデザインの必要な分野として「線形経済から循環経済の転換」のデザインを挙げているのも、この流れの一環だろう。
 
日本では、行政・自治体側でのゴール設定がないため、ダイナミックな変化がはじまっていない。しかし、欧州からのこの潮流は、日本でも確実に起こりはじめている。ソニーが1億ドル(約108億円)の「新型コロナウイルス・ソニーグローバル支援基金」を立ち上げるなど、持続可能な社会を見据えたパーパス(企業の存在意義や目的)に基づいた投資を行う大企業の動きがある。

スタートアップでも、多拠点移住を促すスタートアップ「ADDress」が、VCや事業会社とともにインパクト投資家からも資金調達するなど経営者の意識も変わってきている。
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文=佐宗邦威

この記事は 「Forbes JAPAN Forbes JAPAN 8月・9月合併号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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