・10%の切り捨てを10回繰り返せば、サービスは35%に目減りする
「自分はYahoo! JAPANを一番使っているユーザーだ」。これは井上さん自身が時々口にしていたと思う。本当に何十、何百もあったサービスを隅々まで使っていたかどうかは確かめようがないが、ユーザーが一人でもいるサービスには、何かしらの価値があると考えていたようだ。
「10%の切り捨てを10回繰り返すと35%(0.9の10乗)になる。だから安易なサービスの切り捨てはいけない」と。数学科出身らしい井上さんならではの言葉だと思うが、違った見方とすると、提供するインターネットサービスを分散型のポートフォリオのように考えていたようにも見える。
その後に到来した、スマートフォンの登場を主としたインターネットを利用するデバイスの変化、Yahoo! JAPANが主戦場としていた特定のサービスに切り込んできたカテゴリキラーの登場への対応については、賛否の分かれるところであると思うが、ブラウザ上で展開されるサービスについては少なくとも上記のような考え方があったと考える。
・サービスを停止させない。ページビューは「商品在庫」
現在のクラウドの時代ではあまり考えにくいが、2000年代前半のインターネットサービスはアクセスが集中すると結構簡単に落ちた、すなわち、サービスが停止した。Yahoo! JAPANのサービスも落ちることがあった。当時はネットワークエンジニアがサーバを担いでデータセンターに増設に行っていたと記憶しているが、その時の井上さんからの掛け声は「キャパを10倍にしろ」だった。
コンピュータの黎明期からコンピュータに触れ、マシン語も読める井上さんが、10進数で指示するなんて、随分と大雑把だなと思ったものだが、10倍と言われば現場は分かりやすく、10倍で落ちたのならなんとなく納得がいく。実際、サーバ関連の稟議については、優先順位を上げていたように思う。
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もう一点、大事なことは、Yahoo! JAPANの提供するサービスのビジネスモデルの多くが広告モデルであった点だ。サーバが落ちるとウェブページは表示されない。ページの内容も表示されなければ、そこに表示されるはずだった広告も表示されない。それは「広告の在庫切れ」を意味する。
資本効率の最大化だけを考えれば、需要に合わせて適量のサーバを増設するのが正しい。一方、サーバを10倍も多めに増設することは未使用のサーバリソースが発生する可能性を内包するが、サーバが落ちた際の顧客(ユーザー)の失望、そして、広告出稿主が他の媒体にスイッチするリスクを逓減することができる。
ページビューを「商品在庫」と考えると、商品棚に在庫が常にあることの意義について、深く思考していたのではなかろうか。