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世界38カ国、800万人が愛読する経済誌の日本版

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ヤフージャパンを1兆円企業に育て上げた名経営者、井上雅博氏。2017年4月25日、クラシックカーイベント参加中の事故で逝去した同氏の評伝『ならずもの 井上雅博伝 ──ヤフーを作った男』(講談社)が今年5月に上梓された。趣味の人としても知られる井上氏の、「私人」の顔をも垣間みることができる書である。

かつてヤフーに在籍し、井上雅博社長を直接知る人は、本書をどう読み、何を感じたろうか。

アマゾン ジャパンの立ち上げメンバーを経て、2002年ヤフー入社。2014年に同社を退社するまで、ビジネス開発・営業企画・事業企画・COO室・ショッピング事業などに従事した曽根康司氏に思い出を振り返っていただいた。


曽根康司氏


趣味の人? いや、あくまでも経営者として


早いもので、ヤフーの元社長だった井上雅博氏(井上さん)がこの世を去ってから、3年が経った。

そんな中、井上さんについて書かれた評伝を読んでみた。個人的にはビジネスの極意のようなものを知りたいと思っていたが、プライベートな面を捉えた部分が多く、若干消化不良であった。

思えば、昨年秋、NHKが特集した「2人のインターネット先駆者が遺したもの」で井上さんは、ウィニー(winny)の開発者である金子勇氏とともに取り上げられたが、あくまでインターネットの先駆者的な扱いで、その経営手腕にはほとんどスポットライトが当たっていなかったように思えた。

どうも井上さんに対して、「一大企業を築き上げた経営者としての公正な評価、議論がなされていない」ような気がしてならないのである。

市井では「趣味の人」なんて評価も出ているようだが、経営者の評価として、定量的に注目すべき点は、通期決算が15期連続無敗(増収増益)だったところではないかと思う。配当の無配ではない、無敗である。同社が株式公開をした1997年以降、2012年に社長を退任するまで、無敗だった。その間、インターネットバブル崩壊、リーマンショック、東日本大震災も起きている。

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インターネットの波に乗った、ブロードバンドの波に乗った、と外部要因を引き合いに出す声もありそうだが、少なくとも2000年代までは、日本にもインターネットポータルサイトや検索サイトと呼ばれるものが複数存在し、サービス内容のバリエーションやシェアを競い合っていた。

文=曽根康司 編集=石井節子

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