不調や怪我を乗り越えて。梶谷隆幸「自分のやれる事だけをやる」

横浜DeNAベイスターズの梶谷隆幸

焦り、後悔、葛藤、期待──日々、仕事をしていると、いろんな感情に向き合う。「あの時、こうしておけばよかった……」「もっとできたはずなのに……」と考えたことのあるビジネスパーソンは多いのではないだろうか。

それは何もビジネスパーソンに限った話ではなく、アスリートにおいても同じだ。ここ数年、周囲からの期待は高まりながらも、自分が思ったような結果を残せず、焦りや後悔、葛藤といった感情と向き合ってきた選手が横浜DeNAベイスターズにもいる。その選手が梶谷隆幸、32歳。今シーズンは不動の1番打者として、9月24時点で3割以上の打率を記録するなど好成績を収めている。

2006年のNPB高校生ドラフト会議で、横浜ベイスターズから3巡目で指名を受け入団を決めた梶谷。身体能力、ポテンシャルの高さから周囲の期待も高く、プロ3年目で一軍の試合にも出場する機会も得た。だが翌年は一軍出場が5試合、そして続く年には怪我などの影響で一軍での出場機会はなく終わった。

6年目のシーズンは開幕スタメンに抜擢されるも、一軍定着は叶わなかった。2013年には試合中のミス、そして度重なる怪我により公式戦出場は77試合に限られたが、その中で16本塁打を記録。そして台湾で開催された「2013 BASEBALL CHALLENGE 日本 VS チャイニーズ・タイペイ」の試合で日本代表の一員として出場するなど期待の高さはチーム内の枠も超えていた。

2014年には背番号を3に変え、これまでの内野手から登録ポジションも外野手に変更。キャリアで初めて規定打席にも到達し、続く年にはオールスターゲームにも初選出。2017年にはシーズンで20本塁打、20盗塁を記録し、チームのCS(クライマックス・シリーズ)進出にも貢献。これからチームの中心として躍動が期待された。


(c)YDB

だが、そんな梶谷を待ち受けていたのは出場機会の減少。限られたチャンスの中で成績を出すことが出来ず、再び怪我にも見舞われた。2018年は右肩の状態が思わしくなく、開幕はファームでスタート。途中で1軍に合流するも腰痛を発症し、登録を抹消される。怪我が癒えたかと思えば、試合中に死球を受けて右手の尺骨を骨折。それをきっかけに右肩のクリーニング手術を行い、以降はリハビリに専念する。2019年は怪我からの復活を期待されるも、想像以上の成績を残せないままシーズンが終了した。

期待されながらも、満足いく結果を残せないままシーズンが終わっていく──そうした状況をいかにして梶谷は抜け出し、今シーズンの好成績につなげていったのか。アスリートとビジネスパーソン。場は異なれど、仕事のキャリアを歩む上では同じ存在。アスリートの思考法がビジネスの現場で役立つことも、きっとあるはずだ。

Forbes JAPANが横浜DeNAベイスターズの全面協力を得て、選手の思考法に迫っていく連載4回目に登場するのは梶谷隆幸だ。様々な局面を乗り越える中で養ったメンタルコントロール術に迫る。
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文=新川諒 写真=小田駿一

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