輝男さんに対しては、井戸弁護士に「正義感がないのか」となじったことへの憤りがすさまじい。そこには、親子の関係を断っても構わない、というくらいの言葉がある。
「私は今の気持ちは、お父さんのことゆるすことができません。井戸先生をきずつけたからです。だから、このままの考えのお父さんとは、もうつき合いたくありません。親子のえん(縁)を切りたいとさえ考えています。私はこうなったら裁判をしません。後のことはお父さんの好きなようにしてもらってかまいません。まだ私はちょうばつ(懲罰)になっていません。私さえいなくなったらと思い、ここで自殺を考えたのでのびています。たぶん、とうぶんお父さんともお母さんとも面会できません」
「再審やめる方法、教えてください」
井戸弁護士への手紙でも、同じことを伝えている。
「先生、お父さんと親子のえんを切るのって、どうしたらいいのですか? お父さんとかかわりもたなかったら、こんなふうにならない。でも、いろんな裁判費用だしてくれているのもお父さんだし…。だから、もう私は、再審やめるので、やめる方法教えて下さい。井戸先生(に)正義感がないと言ったこと、ぜったいゆるせない。私の心はズタズタ。本当にしんどい」
私たちは、西山さん一家がまれに見るほど仲の良い親子だということを当時も今も、よく知っている。父輝男さんが母令子さんの車椅子を押しながら往復7時間の道中を毎月2回も娘を励ますために通い詰めた事実が、その愛情の深さを裏付ける。そんな絆の強い家族をいとも簡単にばらばらにしてしまうのが、冤罪というむごい事実だということを、この出来事はよく表している。
その絆の深さゆえに断ち切れない思いも父への手紙には垣間見える。
「お父さんの気持ちも分からなくありません。私は必死で分かろうとしています」「がまんしていたのですよ。ここ(刑務所)の中でいろいろあってもがまん、がまん、外にいてるお父さんの方が辛いと思って…」「口を出しすぎです。父親だから仕方ないのかもしれませんが…。私は大丈夫です。井戸先生方がいてくれたら…。でも、その井戸先生を信頼できないという、お父さんの気持ち分からなくないです。だから、私もなやむのですよ。お父さんのことがどうでもよかったら言いません」
獄中から両親宛てに出し続けた西山さんの手紙の束=Forbes JAPAN撮影
裁判を闘う上で、信頼する弁護人と父親との板挟みになる苦しみ。その果てに西山さんはどうしたか。出した答えは、自死と再審請求の取り下げだった。大切な2人の間で板挟みになったときに、自暴自棄と身の破滅に向かってしまうのは、虚偽自白の直前に西山さんがとった行動であり、後の獄中鑑定で判明した発達障害のADHD(注意欠如多動症)に由来する特性でもあった。