「再審をやめたい」獄中からの手紙で弱音を吐いた「精神状態」|#供述弱者を知る

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「外した」と言っただけなのに、刑事が調書に「殺した」と書き、法廷では事実を精査せず、検察の言いなりで自白偏重に凝り固まり、発達障害にも無知な裁判官に「普通では考えられない」と一刀両断にされてしまったのが、ことの真相だった。

男性患者の死亡に気づいたS看護師が「チューブが外れていた」と保身のために嘘をつかなければ。A刑事が西山さんを脅して「鳴った」という虚偽供述をさせなければ。その供述を撤回しようとした西山さんを追い返したりしなければ。たとえ捜査に不都合でも「鳴らなかった」という真実を受け入れていれば。これらの無責任な出来事が重ならなければ、西山さんが「私が外した」と言うこともなかっただろう。

関係者の嘘と不誠実にまみれた経緯の果てに、15年9カ月にもわたって自由を奪われたのは、理不尽という他ない。

非常時には誰でもパニックになる


本来なら、西山さんを脅して嘘を言わせ、真実を語ろうとする口を封じ、調書をねつ造したA刑事の〝罪〟こそ問われるべきだろう。そこに、ADHDの西山さんが巻き込まれたことを、不運の一言で済ませることはできない。

なぜなら誰しも、正解が行き詰まったときに、不合理な答えを出すことは起こり得るからだ。

小出医師は言う。

「例えば、通勤途中の地下鉄駅の構内で火災が発生した、とする。非常事態だよね。誰でもパニックになる。そんなとき、その場に出口があったとしても、全員がそこから出るとは限らない。人によっては、いつも自分が職場に行く通路を進んでいつもの出口を目指すかもしれない。つまり、通い慣れている、という〝安心感〟を優先してしまう。その選択が危険でも、とっさに誤った判断をしてしまう場合がある。

パニックになった時、人は誰もが臨機応変に柔軟で合理的な思考ができるとは限らない。ストレスの大きさによっては、不合理な判断をしてしまうもんなんだ。後になって『なぜ、あの時、あんな判断をしてしまったんだろう』って後悔することは、誰にでもあるよね。取調室は普通の人には想像もできない非日常的な環境だということを考えると、けっして人ごとではない」

西山さんは、取調室で刑事と向き合う非日常の空間に置かれ、矛盾を追及され続けるうちに破滅的な答えを口にしてしまった。そうなりやすい傾向の性質を持つ人だった、とはいえるだろう。

だが、同じ状況になったとき、いったい、どれほどの人が正常な神経を保ち、合理的な思考を保ち続けることができるのか。取調室の中で破滅までの距離は、誰であろうと五十歩百歩なのである。


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文=秦融

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