「再審をやめたい」獄中からの手紙で弱音を吐いた「精神状態」|#供述弱者を知る

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この出来事の13年前の2004年、西山さんは本当はアラーム(警報)音は鳴っていないのに、「呼吸器のチューブが外れていたなら鳴ったはずや」「わしらをなめとるのか」とA刑事に脅されて「鳴った」と言わされた。やさしくなったA刑事に取り込まれ「鳴った」と言い続けた。

しかし、そのため業務上過失致死容疑が高まったS看護師への取り調べが厳しくなった。職場で数少ない理解者だったシングルマザーのS看護師を守らなければと「鳴った」の供述を撤回しようとした。だが、A刑事に拒絶され、会ってさえもらえなくなった。

S看護師を助けなければいけないが、A刑事も裏切れない。大切な二人の板挟みになった西山さんは自暴自棄になり「自分のせいにするしかない」と最後は身の破滅につながる言葉を自ら口にした。それが「私がチューブを外した」だった。

「チューブを外した」と虚偽自白した時の精神状態


「チューブを外した」と言った日、2004年7月2日の午前中、病院の精神科で「不安神経症」の診断を受けていた。小出医師は「ADHDの人が不安神経症になった状況はうつ状態と同じ」と指摘。「その場合、自暴自棄になりやすい」と言う。西山さんはA刑事によってうつ状態に追い込まれ、自暴自棄になってしまった、とみることができる。

当時、西山さんを診察した医師が作成したカルテには、虚偽自白する直前の西山さんの言葉が残されている。A刑事を裏切るまいと、最終的に「アラームが鳴った」という〝うそ〟とS看護師を守りたいが守れない苦しみが錯綜する、もはや意味不明の言葉だった。

「実はアラームが鳴っているのを聞いた。看護師さんが鳴っていないというので合わせていた。嘘を続けられなかった。自分は弱いのか?」

アラームが鳴ったことにすれば、A刑事を裏切らなくて済む。だが、S看護師を守ることはできない。どうすれば良いのか。その答えは一つ。自分がチューブを外したことにする。それがうつ状態で思い付いた破滅的な答えだった。それが殺人の自白になってしまう、などとは夢にも思っていない。まして、A刑事が調書に「殺した」と書くとも。調書を見せられ「殺してません」と抗議したが、「外したなら、殺したのと一緒やろ」と言われ、反論できなかった。

「刑事が好きになって、うその自白をした」

公判で誰にも信じてもらえなかった西山さんの言い分には「Sさんとの板挟みになり」という重要なポイントが抜けていた。その状況がADHDという障害の特性と相まってパニックを引き起こし、苦し紛れに「自分のせいにすればいい」という破滅的な判断を導いた。
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文=秦融

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