この火事について、もう1つ話がありまして。朝4時半頃に火事になり、7時半頃鎮火したんですが、警察が8時半に来て「すぐ警察署に来るように」と言うんですね。それどころじゃないから行けないと言ったんですが、有無を言わさず来いと言われ、仕方なく警察署まで行きました。そうしたら「お前が火をつけたと思った」と言われたんですよ。
何で自分の家に火を付けるのか、まだ疑っているのか聞いたら「いや、保険に1円も入ってないので、もう疑ってない」と言われて。今となっては笑い話なんですが、当時はがっくりきました。
あとから聞いた話では、保険にたくさん入っていた人は、みんなその後の人生が駄目になっていくそうなんです。僕は逆だろうと最初は思ったんですが、よく考えると味わい深い。実際、保険に1円も入っていなかったから、すぐ釈放されたわけですし。
当時、私らが住んでいた団地に犯人である放火魔が住んでいたんですよ。放火魔のおばさんが夜中の2〜3時に徘徊していて、犬が吠えるわけです。私はバットを持って後ろから背中を殴ってやろう、これは団地に住む皆さんのためでもあるんだと考え、後をつけました。でも何か後ろで話し声が聴こえるなと思って振り返ると、警官が2人尾行してきていて。もしあの時、放火魔のおばさんを殴っていたら、逮捕されていたでしょうね。
そんなわけで、放火したおばさんのおかげで今日があるので、感謝感謝なんです。あの火事がなかったら、今のようにはなれなかったと思います。当時、京都の偉いお坊さんに「人生には無駄は1つもない」と言われても「無駄しかないわ」と思っていたんです。でも、振り返ってみると本当に人生には1つも無駄がない。あんなこともあった、こんなこともあった、その全部のおかげで今日の自分が出来上がったんですね。
(写真提供:日本経営合理化協会)
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矢野博丈(やの ひろたけ)◎1943年北京生まれ。67年中央大学卒業。69年ハマチ養殖業に携わるも倒産、夜逃げ。以降、百科事典の訪問販売など転職9回。72年家庭用品の販売を目的として矢野商店を創業し、77年に大創産業として法人化。87年「100円SHOPダイソー」の展開に着手。世界28の国と地域に5500店舗を出店し、売上4757億円。これまで、ニュービジネス協議会ニュービジネス大賞「優秀賞」、通産大臣賞「貿易貢献企業賞」、ベンチャー・オブ・ザ・イヤー、財界経営者賞はじめ、数多くの経営賞を受賞。2018年12月に開催された「EY アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー2018ジャパン」にて、最終候補14名の中から日本代表に選出される。