コロナショック下でなぜ、人は「咀嚼音」に惹かれるのか

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コロナと共生するための「小窓」


認知心理学的、あるいはニューロサイエンス的にも、咀嚼音の効能は証明されている。エセックス大でASMRを研究するギューラ・ポエリオによれば、ASMRで快感を感じている人は、「心拍数が下がり、肌への電流の流れやすさが上がる」という。そしてそれらの生理的反応は、被験者の感情が活性化し「何かに対する親密さ」を感じていることの証左であるという。

脳科学者たちも、そういった「脳オルガスム」を感じている最中の脳をスキャンした場合、「報酬」と「感情」をつかさどる部位が活性化していることを明らかにした。

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ポエリオはまた、「リスクのない身体的接触がない現在、脳が『警戒体勢』に入ろうとするスピードは危険領域レベルにまで上がるが、身体的、社会的なつながりはそのスピードを下げる。だが、そういうつながりがない人に、咀嚼音が代替物として効果を発揮する」と指摘する。

ピッツバーグ大「認知感情ニューロサイエンス(PICAN) 」ディレクターのグレッグ・シーゲルも、ユーチューブなどで「咀嚼する人」を眺め、耳をそばだてて「別の人生への小窓」を覗くことは、リラックスと心地よい興奮をもたらし、癒しにつながる、という。

つまり、「咀嚼音は、今の時代に必要なメディア」というわけだ。

「経済不安」と深い関係?


ニューヨーク州立大学オネオンタ校講師のレイチェル・フェストは、ASMRはリーマン・ショックの起きた2008年からじわじわとニーズが高まっていた、と指摘している。

そして、いま「咀嚼音」を好んで聞く人が世界に広がっている状況には、コロナによる「不安指数」の上昇、とりわけ経済不安の増大が関係しているかもしれないという。

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米国メディア「menshealth.com」は、「人びとが感じている経済的な不安は健康的な不安と同程度」という調査結果を発表している。他にも多くの専門家やメディアが、人々がコロナ禍による不安、中でも「経済的な不安」を強く感じていることを指摘する。

そこには、「孤独感」も大きく関係しているようだ。ネブラスカ州クレイトン大の経済心理学者ブラッド・クロンツは、「経済危機下の『金』に関わる決断や行動には不安や孤独がネガティブに影響する。重要なのは、不安なのは自分だけではない、と認知して行動することだ」という。

この状況下で咀嚼音が、コロナショックによる経済不安への処方箋として人々を惹きつけているのだ。
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文=石井節子

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