西山さんに「鳴った」との供述を強引に言わせた滋賀県警は、業務上過失致死での立件を目指し、当直責任者だった同僚のS看護師の取り調べを強めた。
S看護師が厳しい追及に苦しんでいると知った西山さんは「本当のことを言わなければ」と自ら警察署に出向く。「本当は鳴っていません」。井戸弁護士には、必死に撤回を求めているその場面が、殺人事件の犯人としては「あり得ない行動」と映った。
「そのまま『アラームが鳴っていた』ことにすれば、業務上過失致死事件になるわけです。確定判決が認定したように『消音ボタンでアラーム音を消して患者を殺害した』犯人であれば、捜査の目を自分からそらすために『鳴っていた』と言い続け、捜査を高みから見物していればよかったはず。わざわざ自分から『実は、鳴っていない』などと打ち消す必要はない。それなのに彼女は撤回を懇願している。これは真犯人の姿ではない」
「救い出してあげなければ」という弁護士の直感
公判資料を読み込んで冤罪を確信した井戸弁護士は「救い出してやらなければならない」と弁護人を引き受けることを決意する。
とはいえ、1人で手に負える案件ではない。「馬力のある若手が必要」。そう考えて思いついたのが、司法修習生の時からよく知る池田良太弁護士(京都弁護士会)だった。すぐに声を掛けて、二人で和歌山刑務所の西山さんに会いに行くことになった。それが、西山さんとの初対面になる。
「本人から直接話を聞いて、訴えていることにうそはない、とあらためて思いました」
池田弁護士と2人で、無実の心証を固めた。そこに、輝男さんを通じて大阪の若手弁護士2人も加わり、2012年9月、獄中の西山さんは、第2次再審請求を申し立てた。
弁護団が井戸体制になった最初の裁判、第2次再審請求審の1審は2015年9月に大津地裁で棄却された。弁護団は大阪高裁に即時抗告。以来、高裁から何の音沙汰もないまま、ただいたずらに1年以上の時が過ぎていった。弁護団は抗議したが、事態は進まなかった。
西山さんが刑務所内で自殺未遂をする、という衝撃的な〝事件〟が起きたのは、そんな状況が続いていた2017年の年が明けて間もなくのこと。棄却から1年4カ月が過ぎ、私たち取材班が獄中鑑定への準備を進めている、まさにその時だった。
2月14日深夜に届いた風雲急を告げる角記者からのメールには、こうも書いてあった。
「ここのところ落ち着いていたそうですが、(2月)1日の面会で父に『出所後、精神科病院に措置入院させる』と言われ、精神的に不安定になったようです」