「娘を救いたい」父の焦り、再審を引き受けた弁護士の覚悟|#供述弱者を知る

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逮捕される1年前の2003年、男性患者(72)が死亡して間もなく行われた、警察の捜査で、西山さんが精神的におかしくなった時のことだ。勤務中、歩行できなくなり、ベッドで「S(看護師)さんが危ない」「警察に私がいかなくては」などのうわ言をくり返す尋常でない症状が現れた。西山さんは病院側に精神科のある病院に連れて行かれ、そこで、ひどい経験をしていた。自殺未遂の後、井戸弁護士に宛てた手紙で忌まわしい体験を生々しく書き記している。

「私は1度、事件後、たいほ(※逮捕)される前に精神科病院に入院した。こわかった! あばれればとりおさえられ、あげくのはて、『ちんせいざい(※鎮静剤)』で注射され、3日間ねた!! もうあんなところへ行くのなら死んだ方がいい」

そこまで娘が動揺するとは、輝男さんも予想できず、何気ない一言が娘を追い詰める結果になってしまったのだ。


逮捕される1年前、西山さんは精神科病院での体験によって、心に深い傷を負っていた (Unsplash)

家族をも追い詰めていく冤罪


冤罪は、本人だけでなく家族を追い詰め、その精神状態を常に不安定にさせ、正常にものごとを判断する力を奪う。全ては冤罪というむごい現実が引き起こしていると理解すべきだろう。

再審無罪になった後、西山さんにこの時のことを聞くと「あの時は、お父さんも、なかなか裁判が進まず、いらいらしていたんだと思います」と振り返り、あらためて精神科病院での苦い体験を語った。


「患者さんが亡くなった後、警察の連日の取り調べで私とS看護師の精神状態がおかしくなって、病院の事務長と母と三人で別の病院の精神科に行ったんです。入院となったんですが、エレベーターにも部屋にもカギがついていて、それを見て怖くなってしまって。出たいと思って暴れたんです。そのことを父は覚えていて『言うこと聞かないなら』とお仕置きの意味で言ったと思うけど、あの体験はトラウマ(心的外傷)になっていた」

精神的に追い込まれたのは、その忌まわしい記憶のためだけではなかった。

「刑務所には精神的に不安定な人もいて、叫び声が聞こえることもあった。そういう声を聞くうちに、どんどんイライラが高じてくるんです。それで自殺願望が出てしまい、鉄格子にシーツを巻き付けて、首をかけた。それが、ちょうど食事のタイミングで、雑役当番の受刑者の方が配食に来て気づき刑務官に報告したんです。すぐに保護室に連れて行かれました」

自殺未遂は刑務所という特殊な環境がもたらしたことでもあった。

幸いなことに、大事には至らず、その後は立ち直ることができた。そこには、弁護団の献身的ともいえる支えがあった。自殺未遂の一報を受け、井戸弁護士は「措置入院」発言を撤回させるため、輝男さんとの直談判に向かった。


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文=秦融

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