相手を名前で呼びたい。インドの階層社会に分断された2人を結びつけたもの

『あなたの名前を呼べたなら』(ロヘナ・ゲラ監督、2018)(c) Inkpot Films


ラトナに代表される地方出身の貧しい人々と、アシュヴィンのような富裕層との違いがさまざまな場面で描かれる。

庶民階級の女性は髪を一つにまとめ伝統的なサリーをまとっているが、富裕層の女性はカラーリングしたヘアにファッショナブルな洋装だ。

使用人たちはキッチンの床に座り込み、抱えた皿から直接食べ物を手で掴むが、彼らを使役するお金持ちは、食卓にテーブルマットを敷き上等のカトラリーを並べている。

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インドの伝統的な暮らしが象徴的に描かれる (c) Inkpot Films

つまり貧しい人々はインドの伝統的な暮らし、富裕層は欧米式のライフスタイルなのだ。前者は旧態依然としたローカルな規範の中におり、後者は快適・便利な現代的生活を送っているとも言えるが、どちらがより優れているという描き方はされていない。

ライフスタイルが違えば話題も違い、決して交わることはないであろうラトナとアシュヴィン。しかし彼らには、2つの共通点があった。

一つは愛する人を早々と失っていること。ラトナは結婚してまもなく夫を亡くし、19歳で未亡人になっている。

もう一つは、将来の夢をいまだ果たせないでいること。未亡人として古いしきたりが支配する家にそのままいることを許されなかったラトナは、都市の住み込みのメイドとなり、給料で妹に学資の仕送りをしながら将来は服飾デザイナーになりたいと思っている。

一方のアシュヴィンは、アメリカでライター業の傍ら作家を夢見ていたものの、父の事業を継ぐためインドに呼び戻されている。

結婚もフイになって不本意な状況に置かれてはいるが、それでも恵まれた境遇にいるおぼっちゃまのアシュヴィンに比べると、過酷な環境を生き抜き、妹を自分のようなメイドにはさせまいと頑張りつつ、「旦那様」であるラトヴィンを励まそうと心を砕いているラトナのほうが、数段たくましく映る。

ファッションが示すラトナの生きる力


彼女の生命力を表すのが、毎日身につけるサリーだ。その下に着るのは半袖Tシャツのようなチョリと同色のペチコートで、サリーとの色の組み合わせがバラエティに富んでいる。

紫のチョリにバラ色の花模様のサリー、ベージュのチョリに鮮やかな朱に黄色い花の散ったサリー、真っ青なチョリにチョコレート色の更紗模様のサリー、紺色のチョリにブルーやピンクの幾何学模様のサリー……。7パターンくらい登場するだろうか、ファッションに関心のあるラトナらしい、目に鮮やかでどれも印象的なコーディネートだ。

アシュヴィンの許しをもらって、勉強のため街の仕立て屋に手伝いに行くようになるラトナだが、雑用ばかり言いつけられてうんざりしていたところ、同じくメイドの友人の助けで裁縫教室に通うことに。

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鮮やかな色彩の手芸店や服地屋 (c) Inkpot Films.

活気に満ちた市場の中の手芸店や服地屋の、賑やかな色彩の洪水が楽しい。ミシンを前に、学ぶ喜びを顔いっぱいに溢れさせるラトナ。それまではあまりナマの感情を表に出さなかった彼女だけに、はっとする美しさだ。

そんななか、ウィンドウの素敵なドレスに惹かれて入った店で警戒されて追い出されるという、身分の違いを痛感させられる苦い出来事も起こる。
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文=大野 左紀子

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