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木桶と発酵食品のエコシステム


今回、仁井田本家の木桶は、東日本大震災から10年の節目である2021年に福島県の木を使って福島県で木桶を作ろうという「福島木桶プロジェクト」の一環として製作された。

同プロジェクトによると、日本酒は江戸時代までは木桶で造られていた。しかし、効率が重視されるようになり、木桶で日本酒を仕込む酒蔵は減少。同時に、発酵を促すために乳酸や酵母を添加した日本酒が増えたという。つまり、効率化によって複雑味や奥行きが減り、均一化が進んで酒のオリジナリティや多様性も減ってしまったというわけだ。

仁井田によると、かつて酒蔵には必ずお抱えの大工がいて、酒の仕込みが終わる春には、木桶のタガを締め直したりしていたという。「現在ではお酒はダンボールやプラスチックの箱で流通していますが、昔は一升瓶10本入りの木箱、それより以前は一升瓶が40本分ほど入る杉の4斗樽で流通していました」。


仁井田本家の蔵の入口にある看板はかつて使われていた木桶。

現在では巨大な木桶を製造する桶屋は全国で1社のみ。一方で、全量でなくとも木桶仕込みを復活させる酒蔵は全国的に増えてきていて、同じ福島県内だけでも「人気酒造」や「大七酒造」などから木桶仕込みの酒が販売されている。

昔から木桶を使っていたのは酒蔵だけではない。酒蔵が使い終えたあとの木桶は修理されて、長年、再利用されてきた。木桶研究の第一人者である九州大学名誉教授で工学博士の石村眞一は、「酒蔵で酒を造る『仕込み桶』として使用後、日本酒を貯蔵する『囲い桶』としても使われ、さらにその後に、醤油屋、味噌屋と計100年は使われていました。新造の醤油桶は明治時代後半以降に数少ない事例があるが、私が知る限りでは新造の味噌桶は見たことがありません」と話す。

100年以上もの間、木桶は腐ったりしないのだろうか。福島木桶プロジェクト代表で、仁井田本家の木桶づくりにも関わっている長谷川大輔によると、その理由は杉の特性にもある。

「杉の丸太は外側が白太、中心が赤身になっていて、桶に使う側面の材は外部が白太、液体に触れる部分が赤身になっています。赤い色素に含まれるタンニンやポリフェノールの成分が木を腐らせにくくしているそうです。そして、液体に触れている内側は膨らみ続ける一方で、外気に触れている外側は縮みやすい。そのため、縮みが少ない特性がある白太が木桶の外側に来るように木取りしています」(長谷川)。


木桶の縁を上から見たところ。奥の「赤身」と手前の「白太」が両方入るように木取りした「甲付」。

石村によると、この赤身と白太が両方含まれる部分は「甲付(こうづき)」といい、木桶造りに欠かせない特殊な木取りの方法だ。「赤身だけの材は木香が強すぎるので、木桶の底やふたには使っても、側面には使いません」(石村)。

こうした先人の知恵や技術によって、1つの木桶が100年以上にわたって発酵食を支えることができたのだ。

文=柏木智帆

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