それは、西山さんについても言えることだ。再審無罪になってからの西山さんの精神状態は、不安定だったそれ以前とは、まったく違う。自殺未遂も、無実の罪で投獄されるというむごい現実の中で起きていることを前提に考える必要がある。
「正義感のない人なら、私の弁護士はしてくれません」
再び2017年2月の出来事に戻りたい。
井戸弁護士をなじった輝男さんは、刑務所での面会時にそのことをありのまま娘に話し「解任」することを伝えた。だが、その言葉は井戸弁護士への信頼が絶大な娘の、予想もしない反応を招いてしまった。
「読んでみてくれへんか」
呼び出されて駆けつけた角記者に、輝男さんが、獄中から届いた2通の手紙を手渡した。1通は両親、もう1通は井戸弁護士に宛てた手紙だった。父親に宛てて書いたところを読むと、西山さんが井戸弁護士をいかに信頼していたかが伝わってくる。
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お父さんへ
2月1日は、面会に来てくれて、ありがとう。お母さんは、私のせいで車イス生活になってしまって自分でできることが限られていて、不自由な思いをしているので、これまでいろんなことをがまんしてきました。
でも、どうしても1月16日の面会の時に、井戸先生に対して、お父さんが「正義感はないのか」と言ったこと、私はゆるすことができませんでした。
だれに対してゆったのですか? 井戸先生が正義感のない人なら、私の弁護士は、してくれません。裁判官もやめることもなかったです。井戸先生は、日本でゆいつ(※唯一)原子力発電所をとめなさいと言った裁判官です。でも高裁でひっくりかえり、そして、あの原発事故です。井戸先生は、自分に責任があると、裁判官や司法に絶望し、次は弁護士としてたすけられないかと、依願退官された方です。ずっとずっと32年間、地方の裁判官をしておられました。1回目(※地裁での1審のこと)が大切だからです。この1回目がどれだけ大切か、お父さんが一番よく知っていることだと思います。
今、弁護士として活動してくれています。私の事件、大変難しいのに、弱音をはかず、あきらめもせず、ただ、しんしに向かいあってくれています。その姿をまぢか(※間近)で見て、私は信頼していますし、弁護士を信頼しないと、だれを信頼するのですか?
私は、一審の弁護士さんを信頼すること、信用することができませんでした。それだけ、○○刑事のことを大切に思ってしまったのです。こんなこと思ったらいけないのに…。
長引いてしまっているのは、私が一番悪いのです。だれも悪くありません。そら、一審の弁護士に対してうらむ気持ちは分からなくはありません。でも、今の弁護団の先生方はみんな頑張ってくれています。
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西山さんが訴えているように、「井戸先生が正義感のない人なら、私の弁護士は、してくれません」は、その通りだった。再審の刑事弁護を引き受けている弁護士の多くがそうであるように、井戸弁護士もこの事件を「誰かがやらなければ」という思いで、引き受けていた。
この時、まだ私は井戸弁護士に直接会っていなかった。それでも、西山さんが獄中から両親に書き続けた手紙で、その厚い信頼関係は伝わってきた。中でも、くじけそうになる彼女を弁護人として懸命に支える姿が目に浮かぶ一文が強烈に印象に残っていた。
「井戸先生が来てくれました。1時間の予定でしたが1時間半も私の話を聞いてくれました。泣いて泣いて仕方なかったけど、やっぱり再審あきらめないようがんばります」(2016年9月13日の手紙)