(前回の記事:愛着障害という名の「心の渇望」にも着目 三位一体で獄中鑑定へ)
大津支局の角雄記君(37)から事態の急変を知らせるメールが届いていたのは2017年2月14日の深夜のこと。私が気づいたのはメールを開いた15日朝だった。
【2月14日22:24】角⇒秦
憔悴しきった西山さんの父親(※輝男さん、78歳)から電話があり、夕方に急きょ訪問しました。添付の手紙に詳しいですが、美香さんが自殺を図ったこと、再審をやめると言っていることなど、いくつか重なったようです。美香さんはおそらく昨日(13日)から1カ月の懲罰に入ったようです。
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思いもしない出来事に言葉を失った。
父親の焦り、娘が獄中で自殺未遂をした訳
そのころ、角記者に対する輝男さんの信頼はすでに厚く、何か相談事があると電話がかかってきた。その日も「ちょっと、来てくれへんか」と頼まれ、角記者は他の取材の合間を縫って、支局のある大津から高速で約1時間をかけ、彦根市内の西山家に駆けつけていた。
父・輝男さんが苦渋に満ちた表情で打ち明けた。「娘につい、言い過ぎてしもうてな」。輝男さんの隣で、妻の令子さん(69)が「あんなことお父さんが言うたからやん。井戸先生を信頼して任せたらええやん」とたしなめていた。娘が自殺未遂をする、というただならぬ事態だけに、この夜の西山家の空気は重かった。
西山さんが自殺を図るきっかけは、輝男さんが、第2次再審弁護団の井戸謙一弁護士(66)を解任する、と言いだしたからだった。
服役期間の満期が刻々と迫り、輝男さんには「それまでに娘を救い出したい」という焦りが募っていた。1年5カ月、裁判所から何の音沙汰もない状態が続いていた。それは、放置している裁判所の責任であって、弁護団に責任はない。だが、訴訟方針をめぐる行き違いも重なり、業を煮やした輝男さんが井戸弁護士に「正義感はあるのか」となじり、解任すると言いだしたのだ。
井戸弁護士の手腕あってこその再審無罪という結末を知っているいま振り返れば、この時の輝男さんの行動は常軌を逸している、と思われても仕方がない。しかし、それは一人娘が無実の罪で投獄されるという、筆舌に尽くしがたい苦難を10年以上にわたって強いられている中で起きたこと。まともな精神状態を保つことが困難な状況であれば、かけがえのない味方の存在を見失ってしまうことは、誰にでもあるだろう。
取材で輝男さんとの付き合いが長い角記者も「お父さんは、当時と今とではまるで違う」と言う。
「まだ美香さんが獄中にいた当時、お父さんから呼び出されては、理不尽な言われ方をしたこともたびたびあり、こちらもつい感情的になることもありました。でも、今になって振り返ると、お父さんも怒りのもって行き場がなかったんでしょう。つくづく、冤罪ってむごいな、と思いますね」