小出君に関係資料を送った5日後、彼から新たなリクエストがあった。
【2月15日8:44】小出⇒秦
送付資料全て目を通しました。この前の印象は変わらず、精神医学的には軽度知的障害を伴うADHDで間違いないと思いますが、兄との比較など、愛着障害の要素もおそらくあるので、言動にADHDの典型的でない部分があらわれていると考えます。それをより確かめるために、26日はお母様に本人の評価を心理検査でチェックしてもらう予定。(3つほどの簡単な検査で、通常なら20分からせいぜい30分でできるものです)。それと、本人の手紙は、やはり、本人の字体そのものを直接見たい。裁判記録など他の資料と合わせ、滋賀行きの前に準備できますか?
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小出君の返信にある「愛着障害」は、これまでだれも着眼していない視点だった。別の専門家が「発達障害オンリーなら、うそは言わない」と指摘した「うその自白」を重ねたなぞを解く新たなキーワードだった。
「迎合性」だけではない もう一つのカギ
西山さんに刑事が言った「あなたも賢い」の一言が、なぜ、彼女を盲目的に追従させたのか。単なる「迎合性」では片付かない、彼女の心の奥底にあった「愛着障害」という名の渇望。それは、優秀な兄へのコンプレックスに苦しみ続け、知らず知らずのうちに、兄と同様に親や教師に認められたい、という思いと、それがかなえられない苦しみから育まれてしまったものだろう。
小出君からのメールを確認した私は、自宅に保管してあった約350通の手紙を綴じたファイル9冊を、結婚式で使う引き出物用の丈夫な紙袋に入れ、すぐに電車でJR尾張一宮駅近くにある彼のクリニック「一宮むすび心療内科」に持参した。
診察の合間に、小出君は西山さんの母親にお願いする心理検査について説明した。
「刑務所での本鑑定の前に、母親に『娘ならどう答えるか』という想定で、娘の代わりに発達検査を受けてもらう。母親は誰よりも娘のことを分かっているからね。それなりの傾向が出るもんなんだ。そこまでやって本番に臨みたいね」
人の命に関わる医業に転じ、その完璧主義は記者時代より磨きがかかっているように感じた。
獄中鑑定、西山さんとの文通という〝独自ネタ〟をもとに、冤罪を立証する報道ができるかどうか。カギを握る重要な2つのミッションが同時進行で動いていたその時、想像もしていなかった事態が起きていた。
滋賀県彦根市の西山さんの実家と連絡を取り合っている大津支局の角記者から、事態の急変を知らせるメールが届いたのだ。獄中の西山さんが、自殺未遂を図ったという、衝撃的な内容だった。
連載:#供述弱者を知る
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