キャリア・教育

2020.09.11 16:00

「東大債」発行から考えるこれからの大学のあり方

コロナの感染再拡大や豪雨の災禍など、暗いムードが日本を覆っていた7月31日のことである。東京大学の公式ホームページに、日本の資本市場史に残る出来事がアップされた。第1回東京大学債券の発行を告げるものだ。わが国初の公募大学債である。超長期の40年債、200億円程度の発行と観測されている。これは第1回債で、向こう数年で総額1000億円を発行する意向のようだ。

日本の大学の国際競争力低下が問題視されて久しい。中国勢の躍進著しく、米国が踏ん張るなかで、日本は長期低落に歯止めがかからないようで心配だ。

企業経営のキモはヒトとカネといわれるが、大学も同じである。国立大学は今世紀初めの法人化により、かなりの競争原理と人材の流動化が促進されてきたものの、おカネの面では大きな課題を抱えたままである。国からの運営費交付金が減らされ、その部分は外部資金などで稼げというが、寄付などでは限界がある。そもそも大学が真剣に自主財源を求めようとしているのか、経営センスを磨こうとしているのか、外からは頼りなく見える。

5,6年前、東大の役員が寄付の依頼で来訪した。企業の寄付だけでは足りないので、広くOBや保護者などにお願いして回っているとおっしゃる。私自身が大学教員時代に法人化で苦労した経験があるので、彼の気持ちも立場も理解できた。けれども個人の寄付では、5万円ずつ1万人から集めても5億円にすぎない。思わず嫌味が口をついてしまった。「東大が考えるべきことは、もっとスケールの大きい抜本的な対策じゃあないんですか。寄付集めより知恵集めをなさったらいかがですか」。

米国のイェール大学では、とっくに知恵をマネタイズしていた。HIV治療薬に関する特許を証券化して1億ドル余りを調達したのである。このお金で同大学は、病院棟や研究センター、教室を建てた。2000年のことだ。

日本国内でも徐々に環境は調えられてきた。証券取引法が2006年に金融商品取引法に衣替えして、市場金融の大幅な拡大と充実が実現した。日本市場の高度化とグローバル化に対応するための、いわゆる金融ビッグバンの制度面の成果だった。

この金商法は、有価証券概念を大幅に広げた。そして政令指定証券のひとつに「学校債券」を掲げたのである。国立大学法人法も国立大学の債券発行を認めた。しかし、政令の細目を読むと、発行可能な債券は、個別のキャッシュフローと結びついた有担保債のようなもので、非常に限定的だった。本格的な公募債の発行を検討する大学も現れなかった。

そんななかで海外の動きは速かった。英国オックスフォード大学が100年債で1000億円、ケンブリッジ大学も60年債で840億円を調達するなど、欧米の主要大学では、債券発行を自主財源とする行動が主流になっていった。

東京大学は、ここ数年、改革志向を強めてきた。知識集約型社会への転換を捉えて、社会変革を駆動する包摂的で持続可能な社会づくりに貢献しようと、学内改革と外部ネットワークの拡充強化を進めている。日本証券業協会は、SDGs(持続可能な開発目標)の推進で東大と志を同じくするので、何度も意見交換を行っている。その過程で、東大の本気度と総長以下の熱意、特に市場金融の国民経済的な重要性を訴える姿に「何かやるな」とは感じていた。
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文=川村雄介

この記事は 「Forbes JAPAN Forbes JAPAN 10月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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