ネット時代に適合した「時間」とは?

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『時間は存在しない』(カルロ・ロヴェッリ著、NHK出版)という本が去年出て話題になったが、今年も時間をめぐる本が何冊か出ており気になった。時間(と空間)は現代の科学、いや人類の歴史の前提条件でもあり、世界認識の最も基礎となる要素とも考えられるが、ホーキングの再来と言われる天才物理学者に「そんなものはない」と真っ向から否定されると、いままでの人生がすべて虚構だったと言われたような気分になってしまう。

19世紀末に標準化


われわれが普通漠然と“時間”と捉えているものは、時計に表示された時刻を表す“数字”のことだろう。全世界がその数を前提に一緒に行動している。仮に物理的に時間が存在しなかったとしても、その共同幻想が世界を支配していることに変わりはない。

もともと生活に欠かせない農作業や宗教儀式などを支配する、年/月/週/日を単位とした季節変化を記した暦が作られ、日が一周してくるまでの間をおおまかに区切って時刻が決められたとされる。

最初の時計は日時計など自然現象を利用したものだったが、周期的に同じ速度で同じ動作を繰り返す、歯車や振り子などの機械を使った時計が発達することで、自然から独立した人工的な方法で誰もが時間を正確に計測して共有できるようになった。

大航海時代には遠い未知の世界を旅するために、船の位置を精緻に定めることが必須となり、星の位置を測る光学機器と時計の精度を向上させる必要になり、その機械技術を応用した自動人形も作られ、楽器を演奏したり文字を書いたり、さらにはチェスを指すものまで現れ、機械がいずれ人間を凌駕する、もしくは人間は究極の精密機械ではないかという説まで飛び出した。

以前の回で、昔は空間を計測する長さの単位がバラバラで、19世紀に地球の大きさを基準にしたメートルという単位が世界標準化した話を紹介したが、時間も同じ状況にあった。暦は太陽暦と太陰暦をはじめとしたさまざまなものがあり、1年の長さも諸説あり、月や週や時間の数え方も各国で違い、これらが統一的に捉えられるようになったのは、同じく19世紀も末になってからの話だ。

当時は産業革命の成果である蒸気機関車の走る鉄道が敷かれ、馬車や馬より格段に速く遠くまで旅することができるようになったが、ドイツでは国を横断する列車の時刻表を作ろうとすると困ったことが起きた。各地で太陽が真南に来る時刻を12時としていたので、時間が微妙にずれて5つもの時間が存在していたのだ。プロイセン軍のモルトケ元帥はこのような事態は広域化した軍事行動に支障をきたすと、世界標準時を強力に推進した。

各国が自国中心の思惑で動いたが、1884年にアメリカで開かれた国際子午線会議で、グリニッジ子午線を起点とする24の時間帯に分かれた標準時が採用された。これは帝国主義の植民地化で国家間が密に結ばれた時代の必然の結果だろうし、その後は電波の利用で時報を同期することが可能になり、世界は一つの時計のごとく回り始めた。

現在まだ中国やシンガポールなどで一部ずれた使い方がされ、夏時間のような例外的な運用はあるものの、いまではこの標準時は世界時と呼ばれアップデートされており、これだけ世界が緊密につながった時代にはグローバルに様々な活動の同期を取る必要性は高まる一方だ。
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文=服部 桂

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