遺伝子工学と人類の未来は怖くてエキサイティング

ジェイミー・メッツル 未来学者、作家

テクノロジーと医療を専門とする米未来学者で、遺伝子革命の最前線を描いた『Hacking Darwin: Genetic Engineering and the Future of Humanity』(『ダーウィンをハッキングする―遺伝子工学と人類の未来』未邦訳)の著者、ジェイミー・メッツル。

昨年、世界保健機関(WHO)「ヒトゲノム編集諮問委員会」のメンバーに選ばれ、今年5月には、コロナ禍と闘うための国際協働プロジェクト「OneShared.World」(ワンシェアード・ワールド)を創設。多忙な日々を送るメッツルが、ニューヨークの自宅からビデオ通話インタビューに応じた。


──今回のパンデミックをどう分析しますか。

まず、コロナ禍は回避可能だったということを指摘したい。病原性の国際監視機能や緊急対策チームの派遣などの体制がWHOに備わっていたら、こんなことにはならなかった。米国やブラジルなどのリーダーシップ・信任危機も、早期感染拡大阻止の妨げになった。グローバルなパンデミック対策が欠如している。

だから、OneShared.Worldを立ち上げた。世界には、大きな問題を解決するためのリーダーシップが不在だからこそ、人々の団結が必要だ。包括的なシステムを築けば、次のパンデミックは防げる。


OneShared.Worldは2020年3月17日、ジェイミー・メッツルがシンギュラリティ大学のグローバル・COVIDサミットで人々の団結と、包括的な国際システムの構築を呼びかけ、5月にスタートした国際プロジェクト。現在は世界109の国々から起業家や投資家、メディア、研究者といった人々が参加を表明。G20のリーダーに向けて「Rise or Fall Together」キャンペーンを展開、地球上のすべての人々への基本的な衛生環境の確保を訴える

──WHOは、なぜうまく機能していないのでしょう?

優れた組織だが、独自の監視能力がなく、加盟国からの情報に依拠している。拠出金頼みのため、米中などとの対応には細心の注意を払う必要がある。両手を後ろで縛られているようなものだ。

一方、世界には赤貧に苦しむ人々が30億人おり、最も貧しい人々はパンデミックの犠牲になりやすい。世界は依存し合っており、相互責任を負っている。最貧国で感染が広がれば、変異ウイルスが米国に舞い戻ってくる。自らの健康や幸福が、地球上のほかの人々に依拠していることを自覚すべきだ。他者を助けることは慈善ではなく、賢明な投資だ。

──コロナ禍が米国社会に及ぼした影響は?

米国は大きな強みを持った国だが、大きな弱点も持ち合わせている。パンデミックは、コミュニティレベルでの結束という強みを浮き彫りにした。だが、国を率いる力や、世界をよりよくするためのリーダーシップの欠如もあらわになった。

1945年の第二次世界大戦終戦以来、米国は世界で特権的な地位を築いてきた。大きな間違いも犯したが、おおむね賢明な行動で、その地位を守ってきた。だが、コロナ禍前から続く、世界をリードする力の欠如という統治危機がパンデミックであぶり出された。世界、そして何より米国にとって、これほどの悲劇はない。いまほど、米国が世界から求められている瞬間はないからだ。

──今年1月、中国・武漢市で新型コロナウイルスのゲノム(全遺伝情報)配列が発表され、5月までに世界中で、患者約5000人から検出されたウイルスのゲノムデータが集められました。

いずれ何百万人ものデータが集まれば、その遺伝情報をSARS(重症急性呼吸器症候群)の感染感受性と比較できる。遺伝子医療革命のツールは、新型コロナの感染感受性やウイルスの遺伝子変異を読み解くうえで欠かせない。
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インタビュー=肥田美佐子

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