共同著者のシモーネ・バッタリアによれば、「なんらかの出来事の記憶が呼び起こされた直後は、ごく限られた時間だが、その記憶を改変することができる。我々の手法はこのわずかな時間を利用し、植えつけられた嫌悪記憶が再固定化するのを阻害した」
その効果を確認するために、3日目に被験者の記憶を呼び起こして反応を観察したところ、前頭前野へのTMS治療を受けたグループは「不快な刺激に対する精神生理学的反応の低下」が認められた。1日目の出来事は思い出せたが、そのときのようなネガティブな反応は表れなかった。
薬剤に取って代わる可能性も
これは大きな成果だ。ネガティブな記憶と結びついた精神生理学的反応、つまり、つらい記憶が鮮明によみがえったときに体内で起こる現象は、うつ病やパニック障害、PTSDのような病気の中核的要素と考えられている(この分野はベッセル・ヴァン・デア・コークの先駆的著書『身体はトラウマを記録する』に詳しい)。
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「嫌悪記憶の再固定化プロセスを担っている前頭前野の働きを、TMSで変えることができた。これまでは薬剤の投与でしか得られなかった効果を、この手法で実現できた」とボルゴマネーリは誇らしげに述べる。
この手法はまだ「実証実験」の段階であり、今後も研究を続ける必要がある。それでも、生体を傷つけることなく脳内プロセスを操作する新たな道が開きかけているのはまちがいない。その道の先には、今回の研究が示したような効用がいくつも待っているはずだが、その陰に隠れている落とし穴にはじゅうぶん注意しなければならない。