「思い出したくない記憶を脳から消す」科学、実証実験段階に

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人は誰しも、思い出したくない辛い記憶や悲しい記憶を抱えている。それらを消すことができれば、どんなに生きやすくなるだろう──。そう考える人も少なくないだろう。

しかし、私たちの考えとは裏腹に、そうした記憶はこれまで、ふとした瞬間に何度も脳内で再生され、私たちの心を苦しめてきた。

だが医学の発展により、この苦しみから解放される日がそう遠くない未来に訪れるかもしれない。


思い出したくない記憶も、これさえあればサッとひと消し──。


SFに出てきそうなそんな道具が実現する日も遠くなさそうだ。技術はすでに実用化の段階に入っている。生物学専門誌「カレント・バイオロジー」に掲載された論文によれば、それは経頭蓋磁気刺激法(TMS)という手法で、記憶の定着をさまたげる効果が証明されているという。心的外傷後ストレス障害(PTSD)のような、つらい記憶と関連する病気の治療に役立つ可能性がある。

前頭前野の働きを阻害


TMSは、ほかの治療法が効かないうつ病患者に用いられ、多くの研究で効果が立証されている。これは生体を傷つけない手法で、頭に電極を埋め込んだりすることもなく、発生させた磁場で脳内の神経細胞を刺激して反応を引き起こす。今回の研究ではTMSを使い、脳の実行機能を担っている領域、前頭前野における記憶の再固定化をさまたげることに成功した。

「経頭蓋刺激と記憶の再固定化を組み合わせた実験的手法によって、前日に被験者に植えつけた嫌悪記憶──忘れたい不快な記憶を修正することができた」と筆頭著者のサラ・ボルゴマネーリ(伊ボローニャ大学)は述べている。

実験には100人弱の健康な成人が参加した。初日にそれぞれがネガティブな記憶を「学習」し、2日目に前頭前野へのTMS治療を受けた。

「まず何枚かの画像と不快な刺激を結びつけることによって嫌悪記憶を植えつけた。翌日、一部の被験者には嫌悪感が記憶に残っている同じ刺激を与えた。その直後にTMSを用いて前頭前野の活動を阻害した」とボルゴマネーリは説明する。

比較対照のため、2番目の被験者グループには嫌悪記憶を呼び起こさずにTMS治療を行った。3番目のグループは、記憶の再固定化に関与しない脳領域をTMSで刺激した。
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翻訳・編集=門脇弘典/S.K.Y.パブリッシング/石井節子

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