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ビン監督は8歳のときに母親とカリフォルニアからロックフォードに移住。ロックフォードで母親が再婚し、10代を過ごした。継父は理由にならない理由で彼に暴力をふるったという。家族以外の大切な居場所と仲間たちをくれたのが13歳から始めたスケートボードだった。

「スケートボードをしているときは何も考えず、『その瞬間』の動きに熱中できる。暴力などネガティブなものから逃げられた。愛してくれるはずの人に痛めつけられ、心に負った傷は内在化した自分への怒りや失望。そういった感情を忘れさせてくれた。スケートボードを通じて、ほかの人と交わることも支えになった。心の傷が妨げになってほかの人とつながるのが難しいときも、スケートボードが人と関わる口実になった。人生でどんなに大変なことがあっても、次のステージにいけるという希望を教えてくれた」

父親からのしつけと称した暴力にさいなまれる黒人少年のキアーも、幼くして母親がいなくなり寂しい幼少期を過ごしたザックも、スケートボードが生きるための支えであり、無心で仲間と笑えるひとときの逃げ場になっていた。しかし、葛藤と悩みは消えたわけではない。

キアーの前で白人の友人が黒人差別の言葉を使うシーンがある。キアーはビン監督に「白人は仲間だと思っても黒人であることを忘れるな」という亡くなった父親の言葉を打ち明ける。友人としてつながっているようだが、ギャップは確実に存在し、一人ひとりが孤独な思いを抱えている。

物語は、父親になったザックの恋人への暴力がわかったことで急展開を迎える。ビン監督は、ザックとその恋人と慎重に対話しながら、繰り返される家庭内暴力のパターンを止めたいと、自らの過去とカメラの前で向き合う。

劇中、もっとも胸を締め付けられるのがビン監督と母親の対話のシーンだろう。「暴力を受けていたことを知っていたの? なぜ(継父から)離れなかったの?」と母親に問いかける。母親が涙を流して天を仰ぐほどの厳しいやりとりは、残酷にも見える。

相手を責め立てたいのではなく、気まずくても「話をすること」が大切だとビン監督は言う。

「僕たちはもっと話して、経験を共有することで、負のサイクルから抜け出せると思う。なぜ大切な人を傷つけてしまうのか。心に傷を負った人は、正しい愛着を育めず、否定的で悲観的な考えを持ちやすくなる。そういう感情が人を遠ざけたり、無視したり、コントロールしようとしたりして、また周りを傷つけてしまう。誤解を取り除き、つながりを取り戻すためには、努力をして自分の扉を開き、対話を積み重ねるしかない」

キアーが撮影中、撮影自体が「セラピーのようなものだった」と笑うシーンがある。ビン監督は友人として撮影者として、2人に寄り添い、自らもまた当事者として自らの物語を語る。

「この映画の登場人物を見て、同じように悩みを抱える若者たちが勇気を得て、自らの物語を伝えられること、自らの力で人生をつくっていけるようになってほしい」



『行き止まりの世界に生まれて』

9月4日(金)より、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー。「シビアな現実をしっかり映しながら、一人ひとりがもがきつつ前へ進む姿に希望を見いだせる作品。当事者が声を上げることの大切さを教えてくれた#MeToo運動やBlack Lives Matter運動といった現代の時流にもつながる」(配給会社のビターズ・エンドの宣伝担当、伊藤さやか氏)


Bing Liu(映画監督)◎1989年生まれ。19歳でシカゴに引っ越し、撮影助手をしながら、イリノイ大学文学部卒業。23歳から国際映画撮影監督組合の撮影部で勤務。2018年に『行き止まりの世界に生まれて』で監督デビュー。

文=成相通子

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