過去にも発達障害の人が冤罪に 自白誘導、お決まりのケースだった|#供述弱者を知る

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安藤編集委員の記事には、アスペルガー症候群についての説明記事もあり「知的障害も言葉の遅れもないが、社会性の欠如、コミュニケーション障害、興味の偏りなどの問題を持つ。脳の機能障害による『広汎(こうはん)性発達障害』の一つ。各都道府県の発達障害者支援センターが相談窓口になっている」という内容だった。

西山さんの事件との共通点は


お察しの通り、記事には、西山さんの事件といくつもの共通点があった。

【1】1審の判決直前に男性はアスペルガー症候群と診断された⇒西山さんと同様、事件当時は自身の障害には気づいていなかった。

【2】パニック状態になり「すみません」と言った。その言葉がどんな結果を及ぼすか想像できなかった⇒西山さんも「チューブを外した」と言ったことで、自分が殺人犯になるとは思っていなかった。

【3】「ここにサインしてください」と言われ、しなくてはならないと思った⇒相手の意図をくみ取るのが苦手で、調書を犯行の裏付けにしようとの取調官の意図に気づかなかったのは西山さんも同じだった。

【4】高裁は警視庁と東京地検の調書が不自然に食い違い「捜査官が誘導したか作文した疑いがぬぐえない」と無罪を言い渡した⇒西山さんの調書でも不自然な供述の変遷が多数あり、警察、検察が供述を誘導し、調書を作文したことは明らかだった。

【5】記事にはないが、男性は供述を誘導、調書を作文されただけでなく、犯行を認める上申書(いわゆる自供書)を書かされていた。そこも西山さんと同じだった。

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冤罪の先行事例を調べてみると、西山さんとの事件と重なる点が浮き彫りになった (Shutterstock)

国家賠償訴訟は2012年10月、横浜地裁が警視庁の違法捜査を認め、東京都に110万円の賠償を認める判決を出した。これに男性側と都の双方が控訴し、東京高裁で再び同様の判決が下り、確定した。

野呂弁護士がその後、事務所のホームページに掲載したコラムによると、東京高裁は自白調書は警察官の創作であり、上申書は「警察官が内容を指示して、何度も男性に書き直しを重ねさせたうえで完成させたもの」と認めた。

男性のアスペルガー症候群は知的障害を伴わない。それでも、無実なのに有罪の自白調書をでっち上げられ、無実なのに犯行の自白を自ら書かされてしまう。それが、日本の密室捜査の現状なのだ。

野呂弁護士は言う。

「発達障害によっては取調官に迎合しやすい傾向があり、より冤罪の危険性が高いと言えます。ですが、捜査段階から自白を偏重し、事実にきちんと向き合わない司法が続く限り、冤罪は誰にでも起こり得ることだと言えます」

西山さんのケースでは、供述調書が38通、自供書は56通にも上る。その異常とも言える数字は、彼女の弱みに付け込んで、警察と検察が好き勝手に創作と誘導を重ねた証しとも言えるだろう。

アスペルガー症候群の男性の記事を書いた安藤編集委員に聞いてみた。

「こういう冤罪って、他には起きてないんですかね」

安藤さんは言った。

「いや、相当あるだろうね。表に出てきていないだけだと思うよ」

氷山の一角どころか、水面上にさえ表れていないのが、もしかすると、この問題の現実なのではないだろうか。男性の事件との多くの符合から、私は西山さんの事件も発達障害という側面が冤罪と深く関わっている、との確信を深めていた。


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文=秦融

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