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30年近い歴史のなかで帳票からデータベース、BIへと事業領域を拡げてきたウイングアーク1stは、テクノロジーでクライアントの課題を解決するソフトウェアベンダーだ。だが、目指すところはさらに先にある。データで人に力を与え、企業のみならず、社会の課題を解決していくことだ。

創業者兼会長の内野は、「データの活用こそが価値創造の根源」だと位置づけ、それを実現するテクノロジーを送り出す「The Data Empowerment Company」であり続けることがウイングアーク1stの経営思想であると強調する。

同社の手掛けるデータ活用のテクノロジーが、日々刻々と変化し続ける社会のエコシステムにどのようなインパクトを与えているのか──。
内野の言葉から、社会課題の解決に静かな情熱を注ぐひたむきさと、好奇心を持って楽しみながらテクノロジーの新潮流を生み出す無邪気さが同居する、ユニークな同社の実像が浮かび上がってくる。


価値はデータにある、という本質


「私がソフトウェア業界に入ったのは1979年。当時、コンピューターはなんでもできる鉄腕アトムかスーパーマンのように思われていました。でも、実際に動かしてみると、なかなか言うことを聞かない鉄の固まりでね。もっと人間の思い通りに動くものにしたい、と日々思っていました」

ウイングアーク1stの創業者兼会長・内野弘幸は大学卒業後、オフィスコンピュータの販売会社で営業担当とSEを経験した後、翼システムに転職。簡単には思い通りに働かないコンピューターを使ってクライアントの期待する結果を出せるよう奮闘するなかで、こんな感触を得ていったという。「お客様に『俺が欲しかったのはこれなんだよ!』と喜ばれるのは、求めるデータをわかりやすい形にして出せたときだった。必要な情報を必要なときに、必要なだけ受け取れることが求めてられていると気づきました」

当時、コンピューターのアウトプットとして重要視されていたのは請求書や納品書などの紙、つまり帳票だった。1993年、のちにウイングアークの母体となる翼システムの情報企画事業部が発足した際、内野が開発を主導したのも帳票基盤ソリューションだった。95年にリリースされた「Super Visual Formade(SVF)」シリーズは、現在まで続くウイングアークの基幹製品となる。

コンピューターに蓄積されるデータは、ユーザーにわかりやすく、使いやすい形で提供されてこそ、価値を生む──SVFの成功で明確になったこの原則を、以後の内野、そしてウイングアーク1stは重視し続けた。

データベースの多次元高速集計検索ソリューション「Dr.Sum」(2001年)、データを集約・可視化するBIダッシュボード「MotionBoard」(2010年)といった代表的なプロダクト群を見ても、それは明らかだろう。今年4月にリリースされた、人とシステムをAIでつなぐプラットフォーム「DEJIREN」も同様だ(DEJIRENについては代表取締役社長兼CEO・田中潤の記事へ)。

2004年には前出の情報企画事業を譲り受ける形で独立し、内野が代表取締役社長に就任。その後、中国やシンガポールへの進出、グループ企業の増加や統合などを経て、14年に現在のウイングアーク1stが誕生した。

このように取り扱うプロダクトや業態、組織のかたちは変化し続けているが、内野によれば、「価値はデータにある。データを必要としている人に届ける。そういう本質は創業から全然変わっていない」という。

クライアントを喜ばせ、驚かせたい


もうひとつ、内野が変わらず重視するのは、クライアントとの間に、良好で、ときには濃密でさえある関係を構築することだ。帳票関連ソリューションの開発に注力していた創業当時のことを、内野は次のように振り返る。

「お客様が求めるデータを帳票に載せて出すと、本当に喜んでもらえて、こっちまで嬉しかった。あのころからお客様とはいい関係を保ってこられていると思います。僕らは吹けば飛ぶような弱小ベンダーで、バグもよく出してずいぶん迷惑をかけたと思うのですが、問題を解決した後にはむしろ『よくやってくれた!これからもよろしく!』と褒められたりして」

このような「いい関係」の前提には、ウイングアーク1stのプロダクトの独自性がある。前出の基幹プロダクトはそれぞれ、データの出力量やインターフェース、スピードなど他の追随を許さない強みや特徴をもっているほか、それぞれが市場をつくり上げたマーケットリーダーに位置づけられる。そうしたプロダクトを開発するため、同社がエンジニアと彼らの技術を重要視していることは、CTO島澤 甲の記事で触れた通りだ。内野は、「簡単に代替できるものは出したくないし、代替がないからこそ、たとえ最初は問題があってもお客様から『やってよ』と頼んでもらえる」と胸を張る。

「それまでできなかった表現やパフォーマンスなどが実現できたとき、お客様が目を光らせて『すごい!』と喜んでくれることが、純粋に嬉しいですよね。従来の1・2割とか2・3割程度の改善を続けているだけでは、このリアクションは生まれないし、長続きする関係も生まれない。けれど、ケタが1つも2つも違う結果を出して、『嘘だ!』と驚かれるほどのものを提供できれば、お客様は感動してくれると思っています。そうなるともう、ベンダーとユーザーの関係ではなくなって、ファンという存在になっていただけるのです」

クライアントを驚かすこと、喜ばせること、そして「いい関係」を築くことが、エンジニアだけでなく、営業やマーケティングの担当者にとっても仕事の目標であり、また楽しみにさえなっている。内野に言わせれば、「自分が感動できないプロダクトを大変な思いをしてつくったり売ったりするより、お客様に感動してもらえるプロダクトをつくったり売ったりした方が、苦労はあっても楽しい」ということになる。



クライアントとともにプロダクトを育てていく


開発と営業が一体になってクライアントと緊密な関係を保ち、課題の解決に取り組むなかでは、プロダクトをクライアントと一緒に育て上げていくような局面さえ生まれる。

「うちの製品には、SVFにしてもDr.SumにしてもMotionBoardにしても、『俺があの製品をつくった』と言ってくださるお客様が日本中にたくさんいます。機能の改善や追加には、お客様のアイディアがあって実現したというところも多いから」と、内野が誇るゆえんだ。

そうして育っていくプロダクトが、クライアント企業に単なる業務の改善、という領域を超えたイノベーションをもたらすことも珍しくない。

「たとえば、Dr.Sumは大規模なデータベースを多次元で瞬時に検索・集計できるエンジンを搭載していて、大量のデータを手軽に活用できます。導入後には今までやれなかったことがやれるようになって、企業のありようが変わった、と言ってもらえることが多かったんですよ。そんなお客様を、僕らはいくつも知っている。非常にありがたいことだと感じています」

築いてきた良縁とDNAを次の世代へ


内野は「市場に認められるプロダクトをどれだけ出せたか、イノベーションをどれだけ起こせたか、を重要視しています。そしてそれを社員とともに喜べたら、それ以上嬉しいことはない」と言う。その根幹にあるのは「日本の企業の力になるようなシステムを提供したいし、一緒に変わっていきたい、変えていきたい」という想いだ。

内野が語るとき、何度も出てくるキーフレーズは「社員とともに」や「一緒に」。すでに多くの実績を積み上げていながら、「僕自身はただひとりの男でしかなくて、ものすごく秀でたスキルを持っているわけでもないと自覚しています」と話す。好きな言葉は「縁尋機妙 多逢聖因」(えんじんきみょう たほうしょういん)。良い縁が次の縁を呼び、たくさんの縁が良い結果をもたらす──この言葉に自らの来し方が象徴されているという。    

その内野は2018年、当時CTOだった田中 潤に社長の座を譲り、現職に就いた。内野は、ウイングアークのこれからについて、こう語る。

「データとテクノロジーがビジネスや社会の根幹になっていくのとともに、ウイングアークは新しい体制でもっと大きな存在になっていくんだろうと思います。だけど、社員や役員のみんなが共通する思いを持って“自分ごと”として会社のテーマに取り組んでくれる点は変わらないと思うし、変わって欲しくない。世の中を変えていくためにできることが、僕らにはまだまだいっぱいあると感じています」

「世の中を変えていく」と真顔で語るチャレンジ精神、実際に変革に取り組み続ける真摯さ、そして若い世代に課題を押し付けるのではなく、彼らの考え方・やり方を受け入れる柔軟さ。創業者である内野のこうしたありようこそが、ウイングアーク1stを形づくるDNAとなっている。



▼ Forbes JAPAN × ウイングアーク1st連載「UPDATA」



公開中#1|人は、社会は、データでより働きやすく、より生きやすく変わることができる──ウイングアーク1stが掲げる「UPDATA」というビジョン
公開中#2|エンジニアの能力を引き出し、その熱量と技術を信頼する ウイングアーク1stの開発力を高めるCTOの想い
公開中#3|チームと製品への信頼を原動力に、 ビジョンの達成へと歩を進める  ウイングアーク1st最前線のあゆみとこれから
本記事#4|真摯に社会課題と向き合い、好奇心を原動力にテクノロジーを進化させる、ブレないウイングアーク1stのDNA


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