職場で深めた孤独感 刑事は愚痴を「犯行動機」にすり替えた|#供述弱者を知る

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実際の西山さんは、全く違う。人間関係が悪化するたびに、むしろ自ら去る道を選ぶ。そんな繰り返しだった。高校を出てすぐに勤めたスーパーも、人間関係が原因で居づらくなり、自ら辞めている。最初に勤めた病院でも、厳しい上司がついていづらくなり、辞めた。転職先が事件のあった湖東記念病院だが、結局、自ら職場を去った。問題が生じたときの西山さんの行動パターンは自ら身を引くことで、仕返しに向かうことはなかった。

西山さんの職場での辛い状況を招いた背景には発達障害が絡んでいた。そのことに、どこかの段階で誰かが気づいていれば、上司との関係が悪化することはなかっただろう。職場で西山さんが置かれた辛い状況があり、その揚げ句に退職した。にもかかわらず、職場を去った後に事件に巻き込まれていったことが、あまりにも不憫だった。

生きづらさが共有されない社会で起きること


西山さんの冤罪事件は、単に警察が冤罪をでっち上げた、という話にとどまらない。発達障害についての知識が共有されない社会が、どのようなことをもたらすか。その負の側面を示す好例であるとも言える。

だとすれば、報道も、障害のある人々の生きづらさと向き合い、障害についての情報共有と相互理解の大切さを問いかける契機にしなければならない。小出君のレクチャーを受けたことで、この事件に取り組む意義をあらためて深く自覚することになった。

そば屋での話は再び、西山さんの虚偽自白と発達障害との関連に戻り、小出君が発達障害とうそとの関係を詳しく説いてくれた。

「確かに発達障害がASDのみの人はうそをつかない傾向は強い。取材した記者に『発達障害の人は、うそはつかない』と言った専門家はおそらくASDのことを言ったんだと思う。ADHDは調子がいい面があるので、むしろうそをつくこともある。うちのクリニックに『子どもがうそをつくから心配』と母親に連れられてきた子を調べるとADHDだったってことも現実にあったからね」

のちに障害があると分かったが、西山さんは、友だちができず、孤独感を深め、A刑事と出会い、心を寄せ、言われるがままうその供述を重ねていった。

専門家の視点で障害というフィルターを通して事件を見つめ直すと、それまで謎めいていた事件の断片が少しずつ結び付き、バラバラだった点と点が線になりつつあった。障害をキーワードに、事件の新たな輪郭が見え始めた。

警察と検察がでっち上げ、裁判所が唯々諾々と承認し続けた「虚構の真実」に対抗し、それを突き崩すロジックの構築へと、徐々に近づきつつある手応えを感じていた。


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文=秦融

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