職場で深めた孤独感 刑事は愚痴を「犯行動機」にすり替えた|#供述弱者を知る

連載「#供述弱者を知る」


小出君はまず、こう解説した。

「発達障害は大別して、知的能力障害とそれ以外に分けられる。つまり、知的障害も発達障害に含まれるんだ。知的障害以外で一番多いのがADHD。日本語で言うと注意欠如多動症だ。それに次ぐのがASDで自閉スペクトラム症。スペクトラムとはあいまいな境界ながら連続していること。つまり、特性に明確な境目はないってことさ。人懐こく、不注意かつ衝動性のあるADHDに比べてASDはこだわりが強くて融通が利かず正義感が強いところがある。

人によっては感覚過敏や、逆に感覚鈍麻もある。ちなみにアスペルガー症候群はASDに含まれる。他にLDと言われる学習障害もある。映画俳優のトム・クルーズやスティーブン・スピルバーグ監督が自らLDを告白して話題になったよね。誰もが自分の身近に障害のある人がいると知るべきなんだが、本人も周りも気づいていないことが、実は多いんだ。会社で同僚とうまくできない原因が実は発達障害にあるってことも珍しくはない。うつになり、そこから心療内科につながって初めて自分の発達障害を知る、なんてことはうちのクリニックでもよくあることなんだよ」

発達障害があるがゆえに職場でうまく協調できないという話はここ数年、メディアで取り上げられてはいた。だが、それがうつにつながることも珍しくないという深刻な実情についての認識は不十分だった。冤罪問題でありながら、実は現代社会がまだ十分に対応しきれていない問題がこの事件に複雑に絡み合っている、とは想像もしていなかった。

精神科医による即興の講座は続いた。

「ボールが投げられない、逆上がりができないなど極端に不器用なところがある『発達性協調運動障害』もある。さっき会社で紙にいくつかの円を部分的に重なるように描いて説明したように、これらの障害は往々にして合併する傾向があるんだよ。西山さんもいくつかの障害を複合している可能性がある」

看護師の供述調書に書かれた、職場でのミス


話を聞くうちに、西山さんが職場でミスを繰り返していた、という看護師たちの供述調書を思い出した。

上司だった看護主任の供述調書で「配茶のときに床やテーブルにお茶をこぼし、拭かずに行ってしまう。指導は素直に聞くが、改善が見られず、同じ事を繰り返す」という記述だ。指導を素直に聞くのに、改善が見られないのは、なぜだろう、と引っ掛かっていた。同僚看護師の供述調書には、「西山さんは『ミスを繰り返す人』で注意を受けるたびに『何で私ばっかりや』といつまでも愚痴っていた」というような記述もあった。

私は小出君に、これらの調書の内容を簡単に説明し、どう思うか意見を求めた。

小出君は「今の話からすると、仕事のミスの原因は不器用や不注意といった障害の特性と関係していることが容易に推察できるよね。西山さんの障害に同僚の誰も気づいていなかったんじゃないかな」と答え、こう分析した。
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文=秦融

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