職場で深めた孤独感 刑事は愚痴を「犯行動機」にすり替えた|#供述弱者を知る

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人工呼吸器を装着した植物状態の患者(当時72歳)の自然死が、殺人事件にされてしまったのはなぜか。

呼吸器のチューブは外れてはいなかったのに、病室で死亡に気づいた当直責任者の看護師が責任を問われるのを恐れ、とっさに「チューブが外れていた」とうそをついたことで、ことが大きくなった。その場に看護助手としていた西山美香さん(40)が事件に巻き込まれ、取り調べで精神的に追い詰められ「自分が外した」と言わされた。それが、事件の真相だった。

しかし、西山さんが言った「外した」は、取調官の刑事によって、調書に「殺した」と書かれ、それが一人歩きし続けた。なぜ西山さんは「外した」と言ったのか。

司法が見過ごしてきた障害という視点から虚偽自白を解く、難解なミッションは、小出将則君(59)という発達障害を専門とする精神科医を協力者として得てから、一気に加速した。

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元同期記者である小出君に名古屋市内の中日新聞本社で初めて西山さんの手紙を見てもらったのは2017年2月9日。その晩、そば好きの小出君と市内のそば屋で旧交を温めながら、西山さんがうその自白を重ねた理由を障害の視点でどう説明できるのか、本社での続きを話した。

信じている人に合わせようとする傾向


小出君の強みは、何と言っても何百人に上る発達障害の患者を診てきた実績だった。別の専門家から「発達障害だけならうそはつかない」と記者が言われたことをあらためて話すと、彼はこう言った。

「うそをついて誰かを傷つけたり、詐欺師のような他人を陥れる悪意のうそは言ったりしない。だが、『発達障害だからうそをつかない』とは一概に言えない。自分の気に入った人に『こう言いなさい』と言われれば、そう言ってしまう場合がある。特徴としては、その場の関係を優先するところ。空想でうそをつくってしまう人も、わりといる。自分が信じていることや、信じている人に合わせようとする傾向もある」

数多くの診療体験に基づく言葉には、説得力があった。

「さっき会社でも簡単に説明したけれど、発達障害とは、生まれつき脳の特性に偏りがあり、定型発達者とは異なる考え方や行動パターンを有することで、病気ではない。しかし、うつなどの原因には往々にしてこの障害が絡んでいたりする」

この問題についての知識が不足している私に、最低限の基本をレクチャーしておいた方が良いと感じたのだろう。そば屋で発達障害のにわか講座が始まった。
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文=秦融

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