Forbes流ビジネスアタイア Vol.1 ──ビジネススキルとしてのスタイル考察


いざというときのスーツの装いには、さらに2つの効果がある。ひとつは、先述のTPNPOに見合っていながらも、例えば生地の上質さや着こなしの妙(フィッティングや袖・裾の丈合わせ、靴やベルト選び、タイやチーフのあしらいなど)によって、自らの鑑識眼や審美眼、文化的理解度までをもさりげなくアピールできること。例えば片方に隆とした身なりの男と、もう片方になんのこだわりも感じられない、よく言って無難な身なりの男がいたとすれば、あなたは一緒に仕事をするパートナーとしてどちらを選ぶだろうか。

その逆も然りで、片方に隆とした身なりの男と、もう片方にファッショナブルすぎる派手な男がいたとすれば、あなたはどちらを信頼するだろうか。そう、ビジネスアタイアでは「過ぎたるは猶及ばざるが如し」の金科玉条を思い出すべきだろう。

また、例えば相手があなたを見て、仕事を超えた付き合いができるかどうかを推し量るような際も、同じ文化的背景や美意識を共有できるかどうかで判断するとすれば、装いに対するこだわりはどんな雄弁なスピーチよりもものを言うだろう。

さて、もうひとつの効果だが、それは着る自分自身に自信が持てることだ。男たるもの、スーツに袖を通し、タイをきゅっと結んだ瞬間、「さあ、やるぞ」というスイッチが入るような、背筋が伸びる体験をしたことがあるはず。だとすれば、そのスーツは相手だけでなく自分のためにも、望み得る限りの上物を選んでやってもいいのではないか。

いまの自分のポジションに、仕事に対するプライドに、そのスーツの質が見合っているかどうかを考慮していただきたい。ぜひ知っておいていただきたいのだが、「分かる人には、あなたのそのスーツの値段が分かる」のだ。だとすれば、「自己投資」の建前でもいい、上質な生地と仕立てで普遍的なデザインの王道スーツを、着る機会の少なくなった令和時代のいまこそ手に入れておいて損はない。ゆめゆめスーツの値段でこっそりと値踏みをされて損をすることのないよう、お気をつけていただければと思う。

大野重和◎1972年、札幌市生まれ。ファッションショー・プロデューサーを経て編集者に。『BRUTUS』『Casa BRUTUS』『Esquire』『FRAME』『GQ』『VOGUE』などの雑誌に寄稿したのち、2007年、株式会社レフトハンズを設立。クリエイティブディレクター/コピーライターとして幅広く活躍している。また、2014年から『Forbes JAPAN』コントリビューティングエディターとして国内外でさまざまな取材をこなす。

文=大野重和

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