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2020.08.28

食卓のあたりまえに新しい価値を生む「育てるしょうゆ」の試み

キッコーマン食品 花田洋一(左) 島田典明(右):提供写真

※この記事は2020年6月9日にXDで公開されたものを転載しています。

和食に欠かせない調味料であるしょうゆ。しかし、その出荷量は1990年代以降、徐々に減少している。

背景には“食”の多様化によって調味料の選択の幅が広がったこと、そして“中食(なかしょく)”需要に応えるために惣菜、加工食品、さらに冷凍食品の製造技術が発達した結果、生活者が自宅で料理をする頻度が下がっていることがある。

暮らしに溶け込んだモノであるほど、その価値を改めて確認するのは難しい。そんな中、キッコーマンが提供する「BOTTLE BREW(ボトルブリュー)」は、人々の暮らしに溶け込みながらも、一方で「空気のように当たり前の存在」でもあるしょうゆの価値を再認識してもらうために生まれたサービスだ。

自宅でしょうゆを発酵させることで、最も新鮮な状態のしょうゆを楽しめるだけでなく、隔月で届くしょうゆの元液をつぎ足すことで“継続的に育てる”ことができるのが魅力だ。

同サービスの提供にあたり、しょうゆの価値をどのように捉え直し、その価値を届けるためどうサービスを設計したのか。キッコーマン食品株式会社 商品開発本部 しょうゆ開発部 チームリーダーの花田洋一氏、同チームの島田典明氏に話を聞いた。

“究極の新鮮体験”がもたらす、しょうゆの新たな可能性


BOTTLE BREWの購入申し込みをすると、顧客の手元へしょうゆづくりに必要なキットが届き、自宅で発酵させながら自由なタイミングでそのしょうゆを使うことができる。

花田氏によれば、仕込んだしょうゆはおよそ1~4週間かけて発酵していき、日の浅いものはやや淡い色合いで、フレッシュな香りと優しい味わいが特徴だという。時間の経過とともに熟成が進んでくると色が濃くなり、コクの強い味わいが前面に表れてくる。

醤油の発酵期間の違いの色
発酵期間による色合いの変化(提供写真)

同サービスの開発には「究極の新鮮体験」を提供したいという開発チームの思いがあった。長期間の保存も可能なしょうゆの「鮮度」に可能性を見出した背景には、同社の商品『いつでも新鮮』シリーズで得た手応えがある。

花田氏「『いつでも新鮮』シリーズは、使用のたびにボトルの中にあるパックが縮んでいき、密封状態が続くことで鮮度を保ちます。この商品がお客様にも好意的に受け入れられている点から、鮮度の高いしょうゆの香りや味わいは高く評価いただけていることがわかりました。しかし『いつでも新鮮』シリーズでも、本当にできたばかりのしょうゆをお届けできているわけではありませんでした。我々つくり手だけが知る、さらに新鮮なしょうゆの魅力と価値をお届けしたいと考えていました」

キッコーマンの花田と島田
左からキッコーマン食品 花田洋一氏、島田典明氏(提供写真)

花田氏は「しょうゆは広く親しまれている調味料」だとしながら、一方でそこにあることが「空気のように当たり前の存在」とも表現する。生活に必要だがとりたてて好きとも嫌いとも言われない、目立たない存在になっている、ということだ。そんなしょうゆの価値を再評価する要素として、できたてのしょうゆからしか感じることのできない“香り”に注目した。

「今できたばかり」のしょうゆには、そこでしか感じられない繊細な“香り”があるという。その香りは非常に繊細で不安定なため、しょうゆがボトル詰めされて店舗へ送られるまでの間に失われてしまい、店頭でしょうゆを手にする生活者が感じることはできない。

できたてのしょうゆの香りを生活者に感じてもらうにはどうすればよいか。そこで生まれたのが「自宅でしょうゆを発酵させる」という発想だった。

花田氏「しょうゆは複雑な工程を経てつくられる発酵食品です。しかし、魚や野菜と違って材料や環境が整えば自宅の中でつくることができます。とは言え、麹菌や乳酸菌、酵母といったところからしょうゆをつくるのはハードルが高いため、製造工程を少し入れ替えることで自宅での発酵を実現できるようにしました。
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執筆=藤堂真衣 編集=木村和博

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