会社はなぜ存在するのか。会社のあり方とはいかなるものであるべきか──。経営者であれば一度は、考えたことがあるはずです。私が考えたのは2年前、社長に就任したタイミングでした。
前田工繊は、米問屋から繊維加工業、そして土木事業へと業態を変えながら地道に成長し続けてきた100年企業です。しかし、私が入社した2002年は、当時の政権が主導した構造改革の真っ只中。当時、公共事業向けの売上が大半を占めていた当社は、生き残りをかけて、得意だった道路事業のみならず、海洋や河川へと土木事業の幅を広げながら、自動車用ホイールや農業など、多角化も進めてきました。そして、12年には東証一部に上場もしました。
必死で走り続けてきましたが、経営者として次の100年を考えるべき立場になったとき、ふと、冒頭の問いが頭に浮かんできたのです。
そんなときに読んだのがこの本です。本書は、アウシュビッツに収容された心理学者でもある著者が、自らの収容所生活の中で自分自身と他人を観察し、極限状態に置かれたときに現れる“人間の本質”について記した哲学の書です。
なぜ著者が、想像を絶する過酷な状況の中でも冷静かつ客観的でいられたのか、本書にはこんなエピソードが記されています。「わたしは、暖房のきいた豪華な大ホールの演台に立っていた。熱心に耳を傾ける聴衆に語るのだ。収容所の心理学について」。そう、著者は自分が果たすべき責任を自覚し、自分の存在意義を理解した時から、どんなに辛く、苦しいことにも耐えられるようになったというのです。著者はここで、「なぜ生きるかを知っている者は、どのように生きることにも耐える」というニーチェの言葉を引用しています。
これは会社の経営も同じです。当社は、地方の製造業を中心にM&A(合併・買収)を行ってきました。グループ化した14社すべてを増収増益に導き、雇用を増やし、地域に貢献しています。特別なことではなく、お客様の満足度を向上させ、社員をはじめステークホルダーが幸せでいられるためにやるべきことを淡々とやっている。すると、人が集まり、いい循環が回りはじめています。「夢のある、ワクワクする会社を地方に創り出す」ことが当社の存在意義であり、いまの私の経営スタイルの核になっています。
会社を経営していれば、日々、いいことばかりではなく、いろいろなことが起こります。新型コロナウイルス感染拡大もそうです。大事なのは、自分を見失わず、未来の目標を成し遂げた後にどれだけの人が喜んでくれるかをイメージすること。そうすれば必ず困難を乗り越えることができると思うのです。
まえだ・たかひろ◎1973年福井県生まれ。96年、大阪府立大学卒業後、帝人に入社。イスラムマーケティングに従事。2002年に前田工繊入社。12年上智大学大学院修了(環境学)、前田工繊ベトナム会長を経て、15年取締役最高執行責任者(COO)。18年9月より現職。