スポーツを仕事に。国際スポーツの舞台で活躍する8人の日本人

スポーツ中継コーディネーターの井戸美香。テニス世界最高峰のウィンブルドン(写真)、夏季・冬季の五輪など世界各地を飛び回る。

ポルトガルで、プロサッカークラブの社長を務める日本人がいるのをご存知だろうか。オランダには、FIFAマスターを修了してサッカービジネスに携わる日本人女性もいる。大好きなスポーツを仕事にして、グローバルに活躍するプロフェッショナル8人を紹介しよう。

※この記事は、現在発売中のForbes JAPAN10月号「スポーツビジネス新時代」特集に掲載されています。


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井戸美香(スポーツ中継コーディネーター)



いど・みか◎NHKや民放のスポーツ中継コーディネーターとして、五輪をはじめ国際的スポーツイベントの現場で活躍。現在は中継だけでなくドキュメンタリー制作にも携わる。

「トラブルがない日は逆に不安になるほど刺激的」

1992年7月。ロンドン留学中だった井戸美香の姿は、バルセロナ五輪会場にあった。日本オリンピック委員会の通訳を引き受けたことが、コーディネーターとなった彼女の原点だ。

オリンピックなどのスポーツイベントでテレビ局の中継スタッフを現地でサポートする井戸の業務は、取材パス発行などの準備からあらゆる交渉、番組で使う情報の収集など多岐にわたる。「“何でも屋さん”です」と彼女は笑う。

取材の直前キャンセルなどトラブルは日常茶飯事。どうしたらリカバリーできるか、時間の猶予がない中で結果を求められる。五輪という4年に1度のビッグイベントは責任も重大、失態でもあれば次の活躍の場はない。「一日がスムーズに行き過ぎると逆に不安」に感じるほど、イベントフルな毎日だ。

同じことが二度と起きないスポーツ。しかも世界的ビッグイベント独特の高揚感は感情を強く揺さぶる。タフな毎日の中で時には喧嘩し、時には助け合ってできた戦友が世界中にできた。

「大変な交渉でも、関係者と面識があれば話も早いし、こっそり融通を利かせてくれることもある。各国のナマの情報も教えてもらえるし、どこの現場にいってもそんな知人がいます。私の財産です」

明るいムードメーカーのような姿からは想像もつかないが、実は根が人見知りだという。あまりに過酷な交渉案件の連続で、夜中に悪夢で目が覚めることもあった。だからこそ、大会が終わってからの喪失感も大きく、1週間くらいは廃人になったかのごとく何も手につかない。それでも92年のバルセロナ五輪から冬季を含めてすべての五輪に関わっているという彼女の姿は、またすぐ次の現場にある。

矢野大輔(元サッカー日本代表通訳/compact勤務)



やの・だいすけ◎1980年生まれ。伊スポーツマネージメント企業compact所属。日本とイタリア企業間の商談や通訳を中心に活動。2010年から4年間、ザッケローニ監督時代のサッカー日本代表チームの通訳を務める。

「自分はスポーツをめぐる物語の歯車でいたい」

7月に報じられたセリエAの超名門クラブ・ユヴェントスと、日本のゲーム企業・サイゲームスのスポンサー契約。現在9連覇中のクラブの背中に企業ロゴを新たに掲示するビッグディールをまとめた一人が、矢野大輔だ。

15歳で単身イタリアへとサッカー留学を果たした矢野は、選手としてプロにはなれなかった。失意の矢野に声をかけたのが、フェラーリやユベントスを扱うイタリアのスポーツマネージメント企業compact。スポーツビジネスの世界に飛び込んだ矢野は、2006年にトリノに入団した大黒将志の通訳として当時監督だったザッケローニと出会い、日本代表の通訳にまで抜擢されることになる。あれから6年。現在の矢野はすっかりビジネスマンだ。

「イタリア人はよくCuebello(ケ・ベッロ)と言うんです。格好良い、美しいという意味で、それで物事を評価する。国民的クラブのユヴェントスのユニフォームもそうあるべき、というのが根強くあります」

資金力豊富な企業でも「ロゴが合わない」という理由でユニフォームスポンサーになれない事例が珍しくないイタリア。だが、今回の契約実現の裏には、より大きな要因がある。それが両企業が続けていたコミュニケーションと友情。コロナ禍での会話から除菌薬を援助するなど、企業間に生まれた信頼関係と絆が、結果につながった。

「大きな企業も動かしているのは人。今回それを学べたのは大きな経験です」

自身のスポーツビジネス観を『花咲か爺さん』に例える。みんなを楽しませる花咲か爺さんがスポーツ選手。「派手にやれ」と囃し立てるお殿様が企業。その物語を支える歯車として、今日も彼は人や企業の間に立ち続ける。
--{ベルギーに来たからこそ得られた視点}--

飯塚晃央(シント=トロイデンVV CFO)



いいづか・あきひさ◎1987年生まれ。2015年、楽天から総務経理マネージャーとしてヴィッセル神戸に出向。スポーツヒューマンキャピタル5期生。18年からベルギーのサッカークラブ「シント=トロイデンVV」のCFOを務める。

「ベルギーに来たから、新しい視点を得た」

ベルギーリーグ中位のシント=トロイデンVVを、欧州進出を図る選手と日本企業にとっての足がかりとすべく、2017年にDMM.comが買収。このクラブでCFOを務める飯塚晃央が語る「ベルギーに来たからこそ得られた視点」は、日本のサッカーはグローバルな競争の中で、プレゼンスを高める必要があるということだ。

飯塚は、試合のない週末には自分で車を運転して各国の現場を周り、クラブ経営の知見を高め、シント=トロイデンVVの経営に生かしてきた。「サッカービジネスの中心地であるヨーロッパは、物理的にも国同士の距離が近い。情報化社会とはいえ、やはりナマの情報は質もスピードも全然違う。世界と競争するなら、日本のサッカーはここで存在感を高めていく必要があると日々感じています」

さらに「日本のスポーツ界は、海外で活躍したビジネス人材を受け入れる出口としての場所が必要」とも語る。それは、飯塚の最終目標である、日本のスポーツ界を良くすることにもつながっている。

酒井浩之(スポーツビジネスコンサルタント、エージェント)



さかい・ひろゆき◎1979年生まれ。レアル・マドリード大学院MBAコースに日本人として初めて入学。日本帰国後に、スポーツビジネスコンサルティング会社「Hiro Sakai」を設立。

「みんなが喜べるスポーツビジネスの仕組みを作りたい」

酒井浩之は、30歳の前後にスポーツメーカーや広告代理店で、三度の解雇を経験している。リーマンショック期に起きた酷な出来事だ。不遇の時代に彼は決意する。

「自分を成長させてくれたサッカーで飯を食いたい」

所属していた社会人チームにはスポーツ業界で働く先輩が何人もいた。光明となったのは中村武彦(現Blue United Corporation)のアドバイス。世界最高峰のサッカークラブ、レアル・マドリードが運営する大学院があるというのだ。

英語を学び直し、スポーツマネジメントMBAコースという難関を突破。そこで学ぶ初めての日本人となった酒井は、どんな時も始業30分前に登校し、必ず最前列で授業を受けた。卒業後は同コースからただ一人選ばれ、レアル・マドリードの職員として働く。しかし強大に見えるビッグクラブも経営状態は自転車操業。売り上げが1000億円近くあっても、利益率なんてたったの0.5%だ。

その現実が、酒井に日本でのビジネスへの思いを強くさせた。

「ユニフォームに企業ロゴを出し、露出があって良かった、で終わってはいけない。一歩踏み込んで、どう利益を回収していくかという企業側の視点が、日本のスポーツビジネスにはまだ不足していますし、僕にとってチャンスがあります」

酒井の武器は、世界各国のフットボールクラブの運営や、スポーツビジネスに携わる大学院時代の仲間たち。親しみを込めて「HIRO」と呼んでくれるレアル・マドリードのペレス会長もそうだ。

「提案できるネットワーク・コンテンツが世界にあるのが僕の強み。サッカーだけでなくスポーツを通じてビジネスを回して、みんなが喜べるようにしたい」
--{ビジネスのプロとして欧州のサッカークラブへ}--

山形伸之(UDオリヴェイレンセ フットボールSAD 社長)



やまがた・のぶゆき◎1970年生まれ。DMM.comによるシント=トロイデンVVの買収と経営に参画。2019年12月から日本企業ナッツアンドアバウトが買収したポルトガルの「UDオリヴェイレンセ」社長に就任。

「日本サッカーを強くするため、欧州挑戦の拠点を作る」

「ポルトガルに日本資本のクラブがあれば、日本でフィットするチームと出会えなかった若手選手に対しても欧州挑戦の拠点にできる」

2019年にポルトガル2部のUDオリヴェイレンセの社長に就任した山形は、DMM.comによるシント=トロイデンVV買収の立役者でもある。彼の新しい挑戦は始まったばかりだ。

「以前からポルトガルリーグにチャンスを感じていました。UEFAのリーグランキングでは5大リーグに次ぐ6番目の高レベルなのに、労働ビザ取得のハードルが低い。若くて実績の少ない日本人選手でも選手として契約しやすいのです」

例えば198cmのFW小枇(おび)ランディエメカ選手は、Jの舞台での実績はほとんどない。強烈な個性がポルトガルの地では強みとなり、いまでは97年の歴史を誇るクラブのAチームで立場を築きつつある。日本人選手を含めた選手たちを磨き上げ、上位クラブに売ることができれば、チームにも大きな利益をもたらす。

「これまでスポンサーの広告効果の説明資料やマーケティングといったビジネスの基本がなかったクラブ。私が来てからは、プロ人材を投入し改善に注力しています」

阿部博一(アジアサッカー連盟 審判部 オペレーション統括)



あべ・ひろかず◎1985年生まれ。V・ファーレン長崎で3年間選手として活躍。米大学院(国際関係学)修了後、三菱総合研究所勤務を経て、2016年にアジアサッカー連盟に入局。

「多様な価値観と向き合うことが国際機関で働く醍醐味」

FIFA傘下でアジアの国・地域のサッカーを統括するアジアサッカー連盟(AFC)。クアラルンプールに本拠を置く国際機関で、阿部は審判事業全体を任される立場だが、そのキャリアは挫折から始まった。プロサッカー選手だった阿部は戦力外通告を受け、新たな道を模索する。海外NGOを志し米国の大学院に進学し、三菱総合研究所に就職するが、仕事の営業がきっかけとなり、サッカーの世界に呼び戻されるのだ。

「AFCでは審判事業と管理業務にあたっています。前者は主に、審判とアッセッサー(審判を評価する人)を選考して各試合にアサインする割当業務、そして次世代の審判養成のための育成業務。後者は戦略策定、中期計画策定、予算立案と管理、あとはFIFA、大陸連盟、AFC加盟47カ国との渉外業務もあります」

民族や宗教など多様性の幅が広いアジアで、同じビジョンとベクトルを持って仕事をすることは大きなチャレンジだと阿部は言う。「でも、これこそが国際機関で働く醍醐味。自身を鍛える稀有なトレーニングだと考えて楽しむようにしています」

多様な国籍とバックグラウンドを持つチームを率いて4年。阿部の舞台は、世界の縮図でもある。
--{FIFA大学院で得たスポーツ界最強のネットワーク}--

辻 翔子(MyCujoo パートナーシップ・サクセス統括)



つじ・しょうこ◎1988年生まれ。早稲田大学卒業後、レアル・マドリード大学院、FIFAマスター修了。スペインで5年間のリーガ取材、中継業務を経て2017年にMyCujooに入社。シンガポール勤務を経て、現在はオランダ本社勤務。

「世界中にいるFIFAマスター卒業生が心の支えに」

国際サッカー連盟FIFAが運営する修士課程「FIFAマスター」。英国、イタリア、スイスを移動しながらスポーツの歴史や経営戦略、法律を学ぶ大学院で、定員わずか30名。辻は2016年にその難関を突破し、現在は世界150カ国以上のサッカーの試合をライブ配信する企業「MyCujoo(マイクージュー)」のオランダ本社で働く。

「どこに行っても、どの分野であっても、FIFAマスターのネットワークで気軽に相談できる人がいるのは非常に心強いです。初めて出張でモンゴルやコスタリカに行ったときも、それぞれのサッカー協会にFIFAマスターの卒業生がいたので、非常に仕事がしやすかったのを覚えています」

海外スポーツ関連企業で働く日本人が増え、その数が管理職にも増えれば、国際スポーツ界における日本の影響力も上がる──辻はそう信じている。

井ノ口孝明(アジアサッカー連盟 コンサルタント)



いのくち・たかあき◎1983年生まれ。一橋大学大学院修了。スペイン2部エルチェCF、ロシアのFCゼニト・サンクトペテルブルク勤務を経て2020年よりAFC所属。

「外国人スタッフだからこそ、成果と存在感を示したい」

2018年サッカーW杯ロシア大会で何かできないか。前年にスペインのサッカークラブで働いていた井ノ口が門戸を叩いたのは、サンクト・ペテルブルクの強豪クラブ。自ら企画を提案し、FCゼニト・サンクトペテルブルクのPR部門に職を得た。SNSを中心としたデジタル関連の業務全般を行う部門で、多言語で展開されるクラブの公式サイトやSNSの担当者とのコミュニケーション、英語や日本語での情報発信の企画運営に携わった。

「外国人、ましてや日本人がいなくてはいけない理由は全くなかった(笑)」

だからこそ「きちんと成果を、結果を出すこと」、「しっかり注目されて存在感を示すこと」を常に頭においていた。そこからいかに必要とされるかが重要だと語る。現在はAFCに移ったが、その意識は変わらない。

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文=大副 律、フォーブス ジャパン編集部

この記事は 「Forbes JAPAN Forbes JAPAN 10月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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