スタートアップ・ムーブメントがここから起きる「SLUSH ASIA」に込められた熱き思い

Photo courtesy of SLUSH

起業の聖地はシリコンバレーだけではない―。世界的起業家たちにそう思わせるインパクトをもつ「SLUSH」。東京開催に向け全速力で駆け抜ける「TEAM SLUSH」中心メンバーにその「思い」を聞いた。



世界80カ国から起業家、投資家、エグゼクティブ、学生ら1万4,000人が集ったスタートアップイベントがある。毎年11月にフィンランド・ヘルシンキで開催されるSLUSH(スラッシュ)だ。フィンランド大統領、中国副主席、エストニア大統領など各国首脳まで集まったグローバルコミュニティが「SLUSH ASIA」として4月24日、アジアではじめて東京・青海で開催される。その直前、「TEAMSLUSH」の中心メンバー、孫泰蔵氏、アンティ・ソンニネン氏、羽根拓也氏、天野舞子氏に話を聞いた。

スタートアップはかっこいい


TEAM SLUSH:写真左より順に羽根拓也氏、アンティ・ソンニネン氏、孫泰蔵氏、天野舞子氏(写真=吉澤健太)

―SLUSH ASIAがいよいよ開催されます。なぜ、SLUSHを日本ではじめたのでしょうか。

孫泰蔵(以下、孫):私はフィンランドで行われたSLUSHに2度、スピーカーとして参加しています。世界中から人々が集まった会場は、まるでロックコンサートかクラブイベントのような演出。スタートアップのピッチでは、観衆の若い人たちから「ウォー」という歓声が上がり、スタンディングオベーションが起きていました。「あっ、これはただのスタートアップ・イベントではないな」と。

会場で何人かに「なぜ、こんなに熱いの?」と質問したら、「昔、ビートルズやストーンズに代表されるロックバンドがエレキギターをアンプにつないで、ジャーンと音を出すと、瞬く間にその熱狂が世界中に広がった。いまは、ギターがテクノロジーに変わり、イノベーションがその役割を担っているんだ。世界を変える起業家は、エキサイティングでリスペクトされる存在じゃないか」という答えが返ってきました。
感動しましたね。まったくその通りじゃないかと。何かを生み出すことは格好いいことで、成功しようが失敗しようがチャレンジ精神をリスペクトする―。そんな雰囲気が日本には必要ではないか。いまではヨーロッパで最大のスタートアップイベントとなったSLUSHの大きな“うねり”をアジアに持ってきて、再現したいと思ったんです。

羽根拓也(以下、羽根):僕が最も感動したのは、SLUSHが大学発だったということ。僕はハーバード大学などアメリカの大学で指導経験があるのですが、アメリカではアントレプレナー教育が盛んで、起業イベントなども数多く行われています。それがフィンランドでも行われているというのは知りませんでした。昨年11月、泰蔵さんに誘われるがままSLUSHに行ったのですが、会場の雰囲気はもちろん、2008年の200人規模での初開催からわずか6年でここまで大きくなったのも驚きでした。フィンランドの人々は、もともとはノキアに代表されるような大企業志向で日本とよく似た堅実な国民性。にもかかわらず、6年で大きく変わった。そんな光景を目にしてから、フィンランドのホテルで泰蔵さんと「日本も変われる、日本でもやりたい」という話をしたんです。

アンティ・ソンニネン(以下、アンティ):私は13年にフィンランドのITスタートアップの日本オフィスの立ち上げのために来日しました。当時、日本のスタートアップイベントには「?」がありました。日本のイベントは、私が関わってきたSLUSHとはまったく雰囲気が違う。フィンランドでは「ヘイ、ガイズ、アー・ユー・レディ?」ではじまるのに、日本では「ただいまから代表取締役よりご挨拶をさせていただきます」と堅苦しい。果して起業したくなるだろうか―。答えはシンプルだと思ったんです。
だから、13年から「スタートアップ・サウナ」という名前でSLUSH東京版のイベントを行いました。ただ、その時は200人規模のイベントだったので、大きくやりたいと思っていました。昨年のSLUSHから戻った後に、泰蔵さんに声をかけたら、「ぜひ一緒に」となり、いまはSLUSH ASIAの代表を務めています。

天野舞子(以下、天野):私は、企業のクリエイティブブランディングを行う会社を経営していて、普段は、イベントのプロデュースと演出をしております。スタートアップという言葉は正直、聞き慣れない言葉でした(笑)。
ただ、泰蔵さんがフェイスブックにアップしたSLUSHの写真を見て、「何だろう、これ」「ただごとじゃないぞ」と直感的に思ったんです。職業柄、多くのイベントを見ていますが、なかでもとても輝いて見えました。「東京でやりたい、やらねば」―と思い、泰蔵さんに連絡し、熱く語りました。

孫:現地に行っていない天野さんから、「ものすごくピンときました」「これは日本で絶対にやらないといけません」と本気で言っていただいて。天野さんがこれまで手がけたイベントが素晴らしいのを知っているので「これだったらSLUSHやれるかも」と、一気に現実味が帯びてきたんです。

本格始動はまさかの1月から




―SLUSH ASIAプロジェクトは、順調に進んでいったのですか。

アンティ:昨年12月に主要メンバーが集まり、1月には、フィンランドからSLUSH・CEOのミキ・クウシに来日してもらい、話をしました。だから、本格的にプロジェクトが始まったのは、今年1月からです。
孫:本家・SLUSHが11月に開催されているので、本家と併せて半年に一度開催するという形式にしたく、どうしても4月に行いたかったんです。
天野:で、そこから会場確保をはじめた(笑)。孫:「2016年4月ですよね……えつ、今年の4月ですか」と驚かれながら、探しましたが、どこも埋まっていました。結局、会場が決められず、「建てますか!」と。とはいえ、建てるとなると借りるより数倍の億円単位のコストがかかります。この短期間でどうするか―と。

 SLUSH ASIAプロジェクト自体、まさにスタートアップそのもの。どう考えても無理だというスケジュールと予算。それでも全員が「やろう!」とリスクを取った。そこから様々なことが動き出しました。どう考えても来年4月が妥当なのに、スーパーセルCEOのイルッカ・パーナネン、ロビオのピーター・ヴェステルバッカ、DeNAファウンダーの南場智子さんと世界中からスピーカーがきてくれるようになりました。
そしていざ、「やります!」とリリースを出したら、リクルートさんが最初に協賛企業として手を挙げてくれ、その後も「そういうイベント待っていました」と次々とパートナーになっていただく企業が増えていきました。

羽根:1月から、まさに“ムーブメント”のようでした。僕の中で象徴的だったのは、住宅・不動産情報ポータルサイト「HOME’S」を運営するネクストの井上高志社長が協力してくれた時。別のイベントで、彼に呼ばれて手伝った時に、「SLUSHという面白いイベントがあるんですよ」と話をしたら、「いいね、協力するよ」となりました。起業家は“志”と“感度”がある。即決なんです。
そして、みんな、知人に声をかけていってくれ、その人たちも知人に……と途中からは驚くべき連鎖をはじめて、多くの人を巻き込んでいきました。それもやはり、SLUSHの持つエネルギーだと思います。

天野:今回、会場となる12,000㎡の敷地には5つのドームテントを建てます。“ホワイトロック”という巨大なドームが臨海地区に突如として出現します。通常1日のためにつくることのない規模ですが、ドームを建てるノウハウを持ったチームをムーブメントに巻き込むことで実現した計画です。
ドーム内は、360度のプロジェクションマッピングで演出します。世界的に有名な映像プロダクションのWOWさんに映像をクリエイションしてもらい、類をみない空間をつくりたいと思います。クリエイティブという側面だけで見ても、素晴らしいイベントになると思っています。

孫:学生スタッフの田口佳之君の影響も大きかった。本家・SLUSHは学生ボランティアが1,700人もいるんです。田口君はSLUSHのボランティアを経験しており「日本でやるなら僕も参加します」と先頭にたって、アンティと一緒に日本の大学生、留学生に次々に声をかけていったんです。
アンティ:東京だけでなく東北、関西とミニイベントをたくさんやったら、あっという間に学生250人が集まりました。いまはツイッターやラインを使えば、“いい情報”は一気に広がりますから。印象的だったのは「本家SLUSHで最も関わっていたのは、20代の若者だよ」というと、「若者でもできるんですか」と目の色が変わったことですね。

羽根:学生ボランティアはSLUSH ASIAで重要な位置を占めています。このムーブメントを知らせるという役目を担ってもらっている。そもそも日本の大学生はまだ起業と縁遠い。その一方で、イノベーションや社会にインパクトを与える、意義のあることをしたいという層は増えています。スタートアップというとすべてを賭けて飛び込むみたいなイメージがあり、「ちょっと無理だな」と思っているんです。だから、「格好いいスタートアップイベントがあるから見に行きたくないですか?」とアプローチすることも大事だと。
今回ムーブメントだと思っているもう1つの理由は、泰蔵さん中心に動いているわけではないということです。もちろんキーパーソンなんですが、メンバーみなそれぞれ役割があり、ヒエラルキーはありません。

天野:「TEAM SLUSH」の関係性は非常にフラットでオープンです。意見があれば、アンティや泰蔵さんにもどんどん言っていく。みなが同じ志をもちながら、「こうしたい」「ああしたい」という意見を言い合う。すごくいい“化学反応”を起こしています。
10カ国以上から集まるゲストスピーカーのステージ。50社ものスタートアップのピッチは、朝から晩までノンストップで繰り広げられ、前代未聞のステージ進行を組んでいます。

孫:SLUSHはビジネスカンファレンスではありません。“テクノロジーが生み出すイノベーションが世界をどう変えるのか”をテーマに、ビジネスとテクノロジー、アート/文化が融合するイベントという点が画期的だと思います。
アンティ:さらに、プロフィットを目指さず、一般社団法人で非営利。「僕らのムーブメントを一緒につくりましょう」というスタンスです。だから、パートナーやボランティアが参加してくれ、スピード感が出たんだと思います。

イノベーションを生む“コミュニティ”へ




羽根:SLUSH ASIAは、①「最初からグローバル」を当たり前にしたい、②イノベーションを生むオープンなコミュニティをつくりたい、③「スタートアップはかっこいい」を見せたい―の3つが開催目的で、プロジェクトの公用語
は英語です。僕がアメリカの大学で教えていて感じたのは、アメリカの学生たちが物事を必ず“グローバルスケール”で見ていることでした。
アメリカ人の隣に中国人が座り、その隣には南米やヨーロッパの人たちが座っているという環境だからかもしれません。日本の大学で同様の“場”をつくるのは難しいと思いますが、SLUSH ASIAに関わることでグローバルスケールの視点を持った若者たちが日本から出てきて、グローバルにチャレンジし、サクセスする―。そんな人たちが数年で出てくるのではないかと期待しています。

天野:SLUSH ASIAは分野や境界を越えた出会いがある“場”になります。ビジネスサイドとクリエイティブサイドの隔たりが溶けあい、かつてない組み合わせ―例えばスタートアップとアーティスト、伝統工芸の職人と投資家、テックパーソンなど―が生まれる可能性が高いと思います。誰も予想しえ
ないスタートアップがここをきっかけに出てきたら、とてもうれしいですね。
アンティ:僕は、日本がフォローする国から世界をリードする国へと変化してほしいと思っています。リードするためには“チャレンジ”が必要。だからこそ、「失敗してもいいからやってみよう」というSLUSHの考え方がこのイベントをきっかけに日本に広まり、将来のリーダーが出てきてほしいと思っています。

孫:SLUSH ASIAをきっかけにスタートアップを身近に感じてもらえるようになってほしいです。未来をつくるのはやっぱり若者ですから。
これからの時代、イノベーションの担い手はスタートアップです。ただ、スタートアップだけではダメで、オープンイノベーションを行う企業や、ユニークな人たちとつながり、ネットワーク化されることで大きな“うねり”につながっていくと思います。それがまさに今回のSLUSH ASIAプロジェクトだったと思います。そして、このSLUSH ASIAが“イノベーションの未来”を指し示し、イノベーティブな人たちが集まる場にしていきたいですね。

※4月25日(土)発売「フォーブス ジャパン6月号」より掲載。

構成=野口孝行 写真=吉澤健太

この記事は 「Forbes JAPAN No.11 2015年6月号(2015/04/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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