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次世代の仕掛け人たち


黄:そのあとは、どのようなキャリアを歩まれたのですか?

鈴木:24歳のときに、インフルエンサー事業関連の会社を、親友と立ち上げました。経営者側として、Youtuberやインフルエンサーの黎明期を3年ほど経験しました。26歳には辞任、退職して、ニート化してしまいました。でも、ご縁があって、ホリプロにお世話になることになったんです。最初はアルバイトで、タレントのSNSのフォロワーの伸ばし方とか、動画の撮り方とかを教えていました。

黄:ニートやアルバイトの時期、体調はどうでしたか?

鈴木:精神的には、どん底でした。丸裸になったら、意外と何もできないなと。親友との起業も、相方のファイナンスが上手かったのを横目に、隣にいた自分も大きくなった気がしていました。天狗になっていたんですね。正直、アルバイト契約も、プライドが傷つきました。現状はこれなんだと思いつつも、過去の栄光を引きずる自分もいて、辛い1年でした。

黄:どう立ち直ったのですか?

鈴木:心があまり強くないので、筋トレで保っています(笑)。それからは、初めてメンターと言える方ができて、お叱りいただいたり、注意していただいたり、ちゃんと見てくださるようになって。初めて、ちゃんと組織に入って、皆で会社を作っていくという状況になり、精神云々のレベルではなくなったと思いました。

人を育てるプロ集団


黄:鈴木さんは、前職では組織全体のトップに立って会社経営を行っていましたよね。そして現在は、子会社社長という立場で、ある意味、組織全体の一番トップではなくなったと思います。正直、前職にはなかった制約もいろいろあるかと思います。そこで、何か変化はありましたか?

鈴木:その時は取締役だったので、自由に動けていました。だから、僕の考えが合っているのか、間違っているのか、誰も教えてくれないんですよ。でも、きっと間違っていたんですよ。自分が全て、自分が正しいみたいな。正直、性格が悪くなっていたと思います。

黄:普通は、上司がいた時期を経て、マネジメント側に回るので、鈴木さんは順番が逆ですよね。いきなり下っ端になって、なぜ上司の言うことを素直に聞こうと思えたのですか?

鈴木:従業員もタレントも、誇れる人が多くて、この方たちに言われたら受け入れようという覚悟がありました。正直、我流の「自分がすごい!」という感覚は、30歳になったらイタいなと思って怖かったです。ずるい話ですが、ホリプロでちゃんと教育してもらいたかった。甘えかもしれないけれど、甘えたくなるような環境があると思ったし、それは入ってからも変わりません。僕が成長しているかどうかは、皆さんが決めることですが、悪いところを見つけることはできました。

黄:ほかの芸能事務所とは、何が違うのですか?

鈴木:メンターの方が、利益を得るためでも後ろ指をさされるようなことはするなと、常におっしゃっていました。彼も、誰がどの角度から見ても、そういうことをしない人でした。ホリプロが親だとすると、所属タレントは子どもで、子育てをするには親がしっかりしないといけません。従業員は、通常の100倍以上、白であり続けなきゃいけないという気質を持っています。人を育てるプロフェッショナルというか、当たり前のことを当たり前にできる人ばかりなので、自分を成長させてくれる会社だと思いました。

構成=MAAKO 写真=西川節子

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