8月23日、茨城県のカシマスタジアムで、鹿島アントラーズの元日本代表DF・内田篤人が口にしたこの言葉。「カシマ愛」が滲むひと言だが、1年前にクラブの経営権を取得したメルカリの会長・小泉文明も、この地域が「田舎」であることは認めている。だが小泉は、この立地を逆手に取り、街全体を「スマート化」する構想を立てている。
ビジネスの力でクラブ運営を活性化し、街をも発展させる。メルカリが参入したことで「カシマ」は大きく動き出した──。
8月25日発売のForbes JAPAN10月号では、新風を巻き起こす「スポーツビジネス」を大特集。鹿島アントラーズの未来を語るのは、クラブの代表取締役を務める小泉、そしてアントラーズOBで元日本代表の中田浩二と、小笠原満男だ。中田は現在、クラブのC.R.O(クラブ・リレーションズ・オフィサー)として営業の前線に、小笠原はテクニカルアドバイザーとして後進の育成にあたる。3人の鼎談を、一部抜粋でお届けする。
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「僕の父の出身地がこのカシマサッカースタジアムから車で15分ほどの場所にある行方市で、中学生時代の1993年5月、スタジアムのこけら落としのゲームを父に連れられ観戦して以来、ずっと僕のアントラーズ愛は続いているんです」
そう語る小泉文明は、「社長」と呼ばれるのを歓迎しない。2019年8月、メルカリによる鹿島アントラーズFCの経営権取得に伴い、代表取締役社長へ就任。肩書きで声をかけたら「罰金ね」というのが、経営者として社員への最初のプレゼンで述べた約束ごとだった。
小泉が会長を務めるメルカリは、約2000人の社員がスマホでビジネスチャットツールの「Slack」を活用するが、鹿島アントラーズにもこのツールをすぐに導入した。小泉は鹿島アントラーズとメルカリの2社合わせて一日に1000通超ものメッセージに目を通す。これも肩書き呼称と同様に社員との無用な距離をいとうからだ。
「1000通!? 全部見るんですか?」と思わず問いかけたのは、2018年に現役引退した“Mr.アントラーズ”こと小笠原満男。
「はい、見てますよ」と小泉はにこやかに一言。プロサッカークラブのレジェンドに、小泉が見せたビジネスのプロの矜持。小笠原の口から「すげぇ……」と感嘆の言葉が漏れる。
J1制覇7回を始め、数々のタイトルをもたらした小笠原は引退後、鹿島アントラーズの育成組織であるアカデミーのアドバイザーに就任。2020年からはテクニカルアドバイザーとして育成年代を指導している。アカデミーは、茨城県内に育成拠点を3地域(鹿島・日立・つくば)に設け、幼稚園児から高校生まで数多くの選手を育てているが、3地域の指導方針の統一が課題だった。
「対面のミーティングに加え、Slackを使い、各拠点での練習内容を日々共有しています。いままでは各拠点に足を運ばないとできなかったことが即時にできるようになったことで、子どもたちを教える指導者も『アントラーズイズム』とも言えるアカデミーの方針を共通認識として持ちやすくなりました。このツールは想像以上に便利でした」
小笠原と同学年、W杯に2度出場したクラブレジェンドの中田浩二は14年に現役を退き、翌年から鹿島アントラーズC.R.O(クラブ・リレーションズ・オフィサー)に就いた。スポンサーやステークホルダーとの繋ぎ役を担いながら、マーケティング・チームの一員として営業の前線に出ている。小泉が社長になってからの変化は顕著だという。
「チームとしての判断がすごく早くなりました。チャレンジしたいことがよりスピーディーに実行できる。Slackのセールスのチャンネルで何か提案をしたとき、小泉さんがポーンと入ってくることも珍しくない。常に仕事内容を共有していますので、会議の進め方もすごく早い」
起案から決裁までの6つあった判断の行程を半分に。印鑑文化はほぼ無くした。小泉は展開の早い、全社員が統一認識を持てるメルカリイズムをプロサッカークラブへ移植し、新たな組織へと変貌させた。
98年に同期入団の小笠原と中田。鹿島の誰もが知るレジェンドたちも、小泉が代表に就任してからの変化を歓迎する
だが現在、新型コロナ感染症予防のため、観客5000人上限での試合開催が続き、興行収入は激減。すべてのプロスポーツが厳しい現実に直面しているが、小泉はそれ以前からデジタルを活用した新たな事業展開を考えていたという。
「コロナ禍でDX(デジタル・トランスフォーメーション)と言われますが、メルカリがアントラーズの経営を検討し始めたころから、テクノロジーの進化によってスポーツ業界を含めたエンターテイメント全体が次のフェーズに入るんじゃないかと感じていました。(経営権譲渡とコロナ禍は)そのタイミングと合致した感があります」