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2020.08.24

「全人類が奴隷となっている」 作家・波多野聖が考える未来のシナリオ

Yuichiro Chino/Getty Images


このテクノロジーとの向き合い方のヒントになるのが、『荘子』に出てくる「からくりごころ」という思想だ。簡単にいえば、道具や装置には心があるという考え方のこと。

この小説にも登場させたのだが、古代中国を生きる荘周は、旅をしている時に一人のおじいさんに出会う。井戸から何度も桶で水を汲んで苦労している姿を見た荘周は、「つるべという便利なものがありますよ」と声をかけるが、おじいさんは「便利なのはわかっているが、自分が本当にやるべきことをからくりごころに奪われてしまう」と断るシーンだ。

おじいさんが抱いているのは、技術によって人間がやるべきことを失う恐怖に他ならない。荘子の時代から、こういう考え方がすでにあった。時代によって技術の内容は変わっていくけれど、人間は技術と両分の取り合いを続けてきて、その向き合い方を常に考えなければならなかったというわけだ。


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「意味のない存在」


そして現代のように、技術やテクノロジーが異様なほど発展すればするほど、人間はなぜかどんどん「狭い世界」を求めるようになる。「人間らしさ」や「自分にしかできない仕事」を追究するからかもしれないが、これはとても面白い現象だ。

人間らしさや自分らしさを見つめていくと、「区別」に繋がる。その区別はいつしか「差別」を生み、「争い」が生まれる。そして人々は「絶望」することになるだろう。荘子の哲学の原点は、この絶望から始まっていると私は考えている。

最後に、この絶望から抜け出す希望の存在の1つとして、荘子に登場する「哀駘它(あいたいだ)」という人物のあり方を紹介しよう。小説の中では、明神真の父親である「藪(やぶ)さん」として描いている。

この哀駘它という男は、顔も体もブサイク、頭も良くないし、金もなければ、権力もない、徳があるともいいがたい。ないないづくしなのだけれど、人々はそんな哀駘它の近くにいるだけで、なぜだかほっとしてとても癒される。彼は男女問わず人間にモテモテで、「全ての人と春をなす」と言われるほどの人気者なのだ。

つまり、存在そのものに意味がない、空っぽであるがゆえに、強烈な魅力を発揮する人物として描かれる。この哀駘它のような存在は、荘子ではある意味一つの理想とされている。

我々は、意味があると思っているものを抱えれば抱えるほど、意味がないものに対して魅力を感じてしまう生き物なのかもしれない。

人々が求める「狭い世界」には、宗教などの閉じられたコミュニティや自分以外を攻撃する人種差別主義なども含まれる。この小説にも「那由多(なゆた)」という宗教を登場させた。冒頭で紹介した小説から抜き出したシーンで人々を額づかせている女性こそ、この那由多の教祖・運天亜沙美に他ならない。

狭い世界を求めた人々は、どんな現実に直面するのか。これから小説の中で描いていく。


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はたの・しょう◎1959年生まれ。内外の投資機関でファンドマネージャーとして活躍。2010年角川春樹に見出され、小説家デビュー。主な著作に『銭の戦争』(1〜10巻・ハルキ文庫)、『本屋稼業』(ハルキ文庫)、『能楽師の娘』(角川文庫)。『ダブルエージェント 明智光秀』(幻冬社文庫)、『メガバンク 宣戦布告』『メガバンク 絶体絶命』(幻冬舎文庫)の2巻が9月発売予定。

構成=松崎美和子

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